この恋、温め直しますか? ~鉄仮面ドクターの愛は不器用で重い~
六章 ハッピーエンドは物語より鮮やかに
六章 ハッピーエンドは物語より鮮やかに

 
 一世一代の大失恋をしたところで人生が終わるわけではない。

 淡々と流れていく日々を外側からぼんやり眺めるようにして環は今日も生きている。

 高史郎に別れを告げてから二週間。環は本社ビルの地下にある資料室にこもっていた。

 MRとしての仕事を与えてもらえないので「いつか誰かがやってくれたらいいのになぁ」とみんなが思っている雑用を一手に引き受けているのだ。

 資料室は光が差さないうえに埃っぽく快適な労働環境とは言いがたいけれど……。

(フロアにいるよりはマシね)

 予想どおり〝枕営業〟の話は社内のあちこちでまことしやかにささやかれていた。

 環は当然腫れもの扱いで、人目のある場所にいるのは結構つらいものがある。

(ほかに仕事の指示もないし、これは退職しろという無言の圧力かな)

 MRは苦しむ患者に薬を届ける素晴らしい仕事。

 環はそう信じてきたし、決して嘘ではないと今でも思っている。

 だけど巨額の金銭が動くこの業界はライバル企業同士の足の引っ張り合いは常だし、武人のように社内の人間すら蹴落とそうとする者だって少なくない厳しい業界だ。

(私はその争いに負けてしまった。あの映画の主人公にはなれなかったな)

 憧れだった映画の女主人公は巨悪に立ち向かい、ピンチを颯爽と切り抜けていたけれど現実はそううまくはいかない。
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