この恋、温め直しますか? ~鉄仮面ドクターの愛は不器用で重い~
「そういうことじゃなくて、覚えてますか?って意味で」

 彼を前にすると世慣れた社会人の鎧がはがれ、小娘だった頃の自分に戻ってしまいそうになる。環は余裕なく視線を惑わせた。

「覚えている。君は薬学部に在籍していて、一番好きな映画は『ディアサンシャイン』だろう?」

 当時の自分が彼に大好きだと話した映画、今でも何度も観返す作品だ。

 覚えている。その解答に環が驚いていると思ったのだろうか。

 当時もよく見た覚えのある、苦い笑みを彼は浮かべた。

「記憶力はいいほうだからな。でないと、この仕事はやっていられない」

 白衣の襟元のシワを伸ばす彼の手元をじっと見つめて、環は詰めていた息を鼻から吐き出した。

(忘れてくれていたほうが都合はよかった。でも関係ない。私たちはもういい大人だもの)

「それで? 俺たちが旧知であることが、この場でなにか問題になるか?」

 嫌みな物言いだが彼自身はそういう意図で発しているわけではなさそうだ。ただ純粋に疑問に思い、口に乗せただけなのだろう。

「……万が一にも問題にならないよう、私たちは今日が初対面ということにしませんか? 学生時代のことは忘れていただけると」
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