君の心に触れる時
初めての出会い
白い天井が、ぼんやりと視界に広がっていた。
「ここ……どこ?」
意識が覚醒するにつれ、柔らかい布団の感触と独特の消毒液の匂いが鼻を突く。
春香は、自分がベッドに横たわっていることに気づき、起き上がろうとした。だが、体を少しでも動かすと胸に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「無理に動くな。」
低く冷静な声が耳に届いた。反射的に声の方を見ると、背の高い男性がベッドの横に立っていた。黒髪を短く整えたその男は白衣を着ており、どこか冷たく鋭い印象を受ける顔立ちだった。
「君は路上で倒れて運ばれてきたんだ。病院だよ。」
「……病院?」
その一言で、春香の表情が一変する。ここがどこなのかを理解した途端、彼女の中に湧き上がったのは安堵ではなく、拒絶だった。
「すみません、私、大丈夫です。もう帰ります。」
春香はそう言って体を起こそうとするが、蓮は腕を組み、冷ややかな視線を投げかけた。
「大丈夫なわけがない。君の心臓の状態を見れば、それは明らかだ。」
「でも……!」
蓮は彼女の言葉を遮り、無表情のまま言い放った。
「無理をし続けて、このまま死ぬつもりか?」
その言葉は冷たい刃のように春香の心に突き刺さった。思わず言葉を失い、蓮を見つめる。
「君は拡張型心筋症を抱えている。検査結果を見る限り、かなり悪化している状態だ。このまま放置すれば、近い将来命を落とす可能性が高い。」
彼の冷静すぎる説明に、春香の心は揺れ動いた。けれど、それでも病院への恐怖と拒絶感は拭えない。
「でも、私は普通の生活を送りたいだけなんです。
病気のことを気にせず、普通に生きたいんです。」
春香の言葉に、蓮は少しだけ目を細めた。それは憐れみでも怒りでもない、彼女の内面を探るような視線だった。
「君が普通の生活を望むのは勝手だ。だが、その普通を支える体が今崩れかけている。それをどうにかするのが医者の役目だ。」
その瞬間、春香は蓮の態度に反発心を覚えた。
「私は私の生き方を決めたいんです。お医者さんに命を預けたくない。」
蓮はその言葉を静かに受け止め、淡々と返した。
「なら勝手にすればいい。ただし、ここにいる以上、俺が君の担当医だ。命を預けたくないなら、せめて自分の命がどんな状態かくらいは知るべきだ。」
そう言い残し、蓮は彼女の反応を待たずにカルテを手にして病室を出ていった。その背中は冷徹で、隙がないように見えた。
春香は一人病室に取り残され、蓮の言葉が胸の中で何度も反響していた。
「死ぬつもりか……?」
その冷たい一言の裏に隠れた何かを感じつつも、春香にはまだそれが何なのかわからなかった。