君の心に触れる時
手術当日の朝、春香は一見落ち着いているように見えた。
しかし、蓮の目には、彼女の顔色が普段より悪いことがすぐに分かった。
呼吸も浅く、ベッドに横たわる彼女の指先は少しずつ冷たくなっていた。
「春香、準備はできてるか?」
蓮は穏やかな声で問いかけたが、春香の微笑みにはどこか不安が滲んでいた。
「うん、でも…怖いよ、蓮。本当に大丈夫なのかな。」
蓮は彼女の手を握りしめ、精一杯の笑顔を見せた。
「俺がいる。絶対に大丈夫だ。」
しかし、その言葉とは裏腹に、蓮の胸には得体の知れない不安が渦巻いていた。
ストレッチャーに乗せられた春香が手術室に向かう途中、突如として彼女の身体が激しく痙攣し始めた。
「患者の呼吸が浅くなっています!血圧も急激に低下!」
看護師が慌てた声で叫ぶ。
「春香!」
蓮はすぐに駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
春香の瞳は薄く開かれていたが、焦点は合っていない。唇が微かに動いていた。
「蓮…苦しい…息が…できない…」
蓮はその言葉に息を呑んだ。
すぐに彼女の胸に聴診器を当て、肺の音を確認するが、正常な呼吸音がほとんど聞こえない。
「気道の確保を急げ!」
蓮は冷静さを保とうとしながらも、その声には焦りが滲んでいた。
看護師が酸素マスクを装着しようとするが、春香は弱々しく手を動かして抵抗した。
「もう…いいよ…これ以上、迷惑かけたくない…」
「何を言ってるんだ!」
蓮は声を荒げた。
「俺はお前を救うためにここにいるんだ!勝手に諦めるな!」
その瞬間、モニターが急激な心拍低下を示した。心拍数は60、50、40…と一桁台に迫っていく。
「心停止の恐れがあります!」
看護師が叫ぶ中、春香の身体がぐったりと力を失った。
「今すぐ蘇生措置を開始する!」
蓮は周囲に指示を出しながら、必死に春香の名を呼び続けた。
「春香!俺を見ろ!ここで終わらせるな!」
しかし、その声に応えることはなく、モニターはついに心停止を告げるフラットラインを示した。
「心停止!」
看護師がすぐに除細動器を準備するが、蓮の手は震えて止まらない。