君の心に触れる時
その日の昼過ぎ、病院内のカフェに千佳が春香を連れ出した。まだ点滴を外していない春香を半ば無理やり連れてきた千佳は、彼女を椅子に座らせると笑顔で言った。

「ほら、ちょっと気分転換。病室にずっといたら、考えすぎて嫌になっちゃうでしょ?」

確かに、久しぶりに動いたおかげで、少し気が晴れる。春香が目の前のホットミルクに手を伸ばしたその時、カフェの奥のテーブルに立っている蓮の姿が目に入った。

「……あの人、なんでこんなところに?」

春香が目をそらそうとした瞬間、蓮もこちらに気づき、すっと近づいてきた。

「こんなところで何をしている?」

蓮は腕を組み、春香を見下ろしている。その態度に、春香は思わず反発心を募らせた。

「別に、ちょっと気分転換しているだけです。私、患者ですけど囚人じゃないので。」

その言葉に、蓮は微かに眉を上げたが、すぐに冷静な表情に戻った。

「無理をするな。君の体はそれを許さない。」

「無理なんてしていません。私はちゃんと自分で考えて、行動してるだけです。」

春香の言葉に、蓮は一瞬だけ黙り込んだ。そして、少しだけ表情を柔らげて言った。

「だったら、もっと自分の体を知るべきだ。君が無理をしていないつもりでも、心臓は確実に悲鳴を上げている。」

その優しいようで鋭い言葉に、春香はまたしても言葉を失った。蓮は続ける。

「君がどうして治療を拒むのかは、少しだけ分かる気がする。普通でいたいんだろう。病気を気にせず、自由に生きたいんだ。」

蓮の言葉に、春香は驚いて顔を上げる。自分が言いたかったことを、初めて彼の口から聞いた気がした。

「だが、その『普通』を守るために今動かないと、君の未来はどんどん奪われる。それだけは忘れるな。」

そう言い残して、蓮は席を離れた。
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