異世界転移した那須イチカは弱小騎士団に入隊しました(一話だけ大賞応募作)
********
プロローグ
********
「お、あれは……第五王子の見た目だけ騎士団じゃん」
「ほんとだ。って、お前、知らなかったのか? あいつら、討伐に100人は必要な屍鬼を操る者をたった3人で倒したとか。だから、あながち見た目だけとは――」
「ネクロマンサー!? マジかよ、本当によく生き残ったな……あんなんと戦うとか、実質的な死亡宣告じゃんか」
「ん? 待て待て。中央に女の子がいるぞ?」
兵士たちの前を、4人の男女が歩いていた――男性は騎士2名と魔導士1名だった。そして3人で囲うように不似合いな女子高生が1人。
「なんだ、あの娘……けっこうカワイイ……。でもなんか、変なの背負ってるな……あれ武器か何かか?」
兵士はざっと女の子を上から下までじっくりと眺めた。
程よい細身の体、艶やかな黒い髪は長く後ろの高い部分で一つにまとめられている。男ばかりの宿舎に女という時点でも不自然なのだが、彼らには見慣れぬ服装だった。
兵士2人に、後ろからさらに1人現れ声をかけた。
「あのな、お前ら。あの女は……俺も速攻で気になって、知ってるやつに聞いてみたんだが……どうやらちょっと違うらしい」
兵士が、ささやくように首を振っていった。
「何がだよ」
「あの落ちこぼれのルークが、『最期にかわいい女の子ください』って邪な気持ちで召喚魔法を使ったら、あの子がきて」
「……きて?」
聞いた兵士たちはゴクリと唾を呑みこむ。
もしや、もしやもっと――男たちにとって都合のいい意味での女子がきたのでは――、と瞳に期待と熱がこもる。
「あの女『イチカ』が、ネクロマンサーを一撃で仕留めたらしい」
「「は?」」
男たちは、女子高生を、『イチカ』を眺めた。どう見ても、視線の先の彼女は強そうには見えなかった。ならば、ああみえて恐ろしい魔法でも使うのだろうか、と改めて見つめる。
「……だから、噂になってるんだよ。ルークが……異世界から『想像を絶する悪魔』を召喚したんじゃないかって」
その瞬間、場にいた男性陣すべての『守りがいがある、カワイイ女の子であってほしい』という期待は、見事に裏切られた。
********
悪魔召喚の儀
********
弓道大会の群衆の視線は気にならない。
全国大会の決勝戦、ここの最後の一矢で的に当たれば優勝。万年勝てなかった憎きライバルを押しのけ雪辱を果たすことができる、そんな大事な局面だった。
戦いは自分の中で起きていた。那須 一花は息を整える。
水を打ったような静けさだった。
そよぐ風が止み、ゆっくりと目を見開いた。
弓をひき、弦と弓幹がしなる心地良い音がする。握をしっかりと持ち直し、さらに心を整えた。
集中し、心と身体が一体化したような瞬間、一花は矢から指を離した。当たる、絶対に、優勝してみせる。一花は確信があった。
だが次の瞬間、まるでテレビのチャンネルが斬り替わるように、明るかった目の前が反転し、バチン、と見えぬ何かにはじかれたような感触がしてよろめいた。なんとか踏みとどまりこらえ、目を開けると昏い場所に立っていた。
古びた洋館の一角だと感じた。古い探偵ドラマなどで見た気がする、雰囲気の。家具と壁はボロボロ、赤いベロア素材の布はどす黒く汚れていた。
顔を上げた一花の目の前には、男性が1人立っていた。
「え、せ、成功……? 良かった……願いが通じたんだ……!」
「え、マジで女の子? ルーク、やったな! これで、死ねる。後悔なく死ねる!」
何が起こったのかわからず、一花は目の前の男性二人を眺めた。
紫のローブをきた魔導士風の男はルーク、皮鎧の男はアレンとそれぞれ呼び合っていた。どちらも一花に歳は近そうだった。
「ここは……」
「いやあ、話せば長いんだけど、洋館だ。といっても、荒廃した洋館。近隣の住民を襲う魔物退治を依頼されていて、僕たちがきたんだけど。この扉の向こうのホールにはね、ネクロマンサーっていう魔物がいるんだよ。かといって、そこを通らないと帰れないし……。敵の人数が多くて、僕たち3人じゃ無理かなって」
畳みかけるようにいわれ、一花は周りを見やる。まだ頭がはっきりしなかった。
「いくらなんでも3人でネクロマンサー討伐はないよな、手練れが100人くらいは必要だろ。頼むほうも狂ってやがる、というか第五王子に死ねって言ってるんだろうけどさ」
絶望の表情で、アレンはため息をついた。
「ネクロマンサー?」
「ああ、死者をあやつるんだ。ネクロマンサーそのものは弱いけど、死んだ人間たちを操る厄介な魔物。ガイコツたちが相手だから、数が多くて。命からがらこの部屋に3人で飛び込んだけど、それからどうにも……僕たちが近寄ることも、逃げることもすらもできなくて」と、丁寧にルークは答えた。
3人? もう一人はどこにいるのだろうか、と脳裏によぎる。
「それで、どうしてわたしはここに?」
「ああ、できれば、えーと、そのぉー…‥役にたつ人間の召喚を、と願って……あと、できれば、女の子がいいなぁって」
ルークはもじもじと赤く照れながら、ちらちらと一花を見た。
「なにぶんここは男やもめだったから……最期、死ぬ前に、せめてカワイイ女の子を拝みたくて……あ、でも変な意味じゃなくてっ」
照れつつ付け加えるようにいう。
「だから、せめて、せめて手を握らせてくれないか……ううっ」
――変な意味じゃない、といわなかったか? と突っ込みたかったが、差し出された男の手を一花は無視した。
「もし、あなたの手を握ったら、わたしは帰れるの?」
「えーっと」
気まずそうに、アレンとルークは互いを見合った。
「できない。僕の魔力もほとんど底をついちゃった。ネクロマンサーがあそこにいる以上、いいづらいけど君は僕らと一緒に死ぬしかない」
一花は怒りと嘆きを通り越して、笑いたくなった。意味もわからず呼び出されて、死ぬといわれて、どれだけ誰が納得するというのだろう。
「……いいたいことは、わかったわ」
「えっ!? じゃあ――」
目前の男どもを一花は睨んだ。
「……それ以上近寄ったら、あんたの目玉を貫く。ちなみに外さないから」
低く押し殺した声に、絶句していた。それまでは嬉々とした表情だったのに、真逆の絶望へと叩き落されている。
「そ、そんなこと、できるわけが」
ルークの言葉に、一花は背中から持っていた弓をしっかりと握り直し、矢を矢筒からすばやく取り出した。ギリ、と矢をつがう。ビィン、と音が鳴り、矢はしなってやや遠くの位置にあった、肖像画の瞳に的中していた。
「ひいーーー!?」
2人が恐れ慄く中、ガチャリと部屋とつながっていた小さな扉が開かれ誰かが入ってきた。
「お前ら、いったいさっきから何を騒いで……」
精悍な男性、というべきだろうか。眉間に皺をよせ一花を見下ろしていたのは、少々年上くらいの深青髪の男性だった。腰に携えた剣と濃紺の中世にありそうな貴族服、銀の刺繍が織り込まれた紋章。顔立ちと雰囲気くら身分は高そうだと、一瞬で判断した。
「どこから女が? まさか」
この現状を見ても冷静なところを見て、話が通じるのはこの人物だけだと、一花は思った。ルークは慌てて、無意味に首を振る。
「起死回生の案だと思っだんです。僕の最後の魔力を使って、誰か、逆転できる人物を呼び出そうと思って。聖女とか、魔法使いとか……女の子とか」
最後らへんの言葉は、もはや尻すぼみとなっている。ルークの言葉に、全てを察した様子の団長と呼ばれた男性は静かに怒っているようだった。
「……ロクでもない理由だな。この大事な時に貴重な魔力を無駄に使いやがって。いいたいことはたくさんがあるが、緊急事態だ。生還したときには2人とも覚悟しろ」
「ひぃ! 帰りたくない! やっぱりここで死んだ方がいいかな!?」
「え、俺もぉ!? ルークがメインで言い出したんですよ! あっ、いや……隊長、すっ、すみませんでした!」
「謝るなら、この……女性にだろうが!」
それを聞き、2人はピシッと姿勢を正し頭を下げた。
「「すみませんでした!」」
はあ、と盛大にため息をつき、隊長は一花へと向き合った。
「本当に部下がすまないことをした。心から詫びさせてもらう。誠意を尽くしたいが……それもできるかどうか。ところで、あなたの名前は……」
丁寧な対応に、一花の怒りが少しだけ消えていく。それでも、ルークがしたことは許せるものではなかったが。
「一花よ、那須一花」
「イチカ、本当に申し訳ない」
もう一度丁重に謝られ、イチカは「ひとまず頭はあげて。許したわけじゃないけど」とつぶやいた。
「さて、彼女にどこまで話した。手短にいえ」
「ネクロマンサーのせいでこの部屋から出れず、この場で全滅しそうだと」
「……間違いないな。だが、それにしても召喚か……しかも女性を……。3人でここで全滅やむなしと思っていたが、これで簡単に死ねなくなったな……死ぬために呼び出されたとあっては、不憫すぎる。ルーク、アレン。お前らはイチカを守りここから脱出することに専念しろ」
「どうするんですか、いくら団長でも、1人では……」
「俺が囮になれば、逃げる隙もあるかもしれん。いざというときは、置いて逃げろ」
「でも、それは……1人で死ぬ気ですよね? ダメです。どうにかして、全員でここを抜け出せませんか。みんな一緒じゃないと……僕は団長とアレンだからこそ、ここの部隊にいるのに」
さきほどのおどおどした様子は消え、ルークは真剣に団長に詰め寄っている。
「……ありがとう。それなら、来客もきたことだし、もう少し生き延びる方法を探そう」
団長の瞳には、優しさと悲しさがこもっていた。
「あの、イチカさん……本当に、ごめんなさい。できるかわかんないけど、僕は頑張って、なんとかあなただけでも守りますから……!」
ルークは気遣うようにいった。そのまま肩に手を置こうとしたが、一花は薄く笑い距離を取る。
「――待って、それは、あなたの責任なんだから、当たり前でしょう。それより、わたしに指1本でもわたしに触れたら……私があなたを殺すから」
再び睨むと再び矢を放ち、肖像画のもう片方の瞳へと的中した。
「ひっ、また当たった!?」
思わず、ルークは手をひっこめた。
「怖ッ! この子、外の魔物より怖ッ!!」
と、アレクはずざぁっと、後ろに退がる。
「……お前らが呼び出したのはもはや悪魔だろ」
あまりの剣幕に、団長もドン引きする。
「ん? また的中した? ってことは、もしかして、あの場所を狙って撃ったのか?」
「ええ、この子……さっきも瞳に当てたんです、ほら……」
団長は肖像画に刺さった矢とイチカの弓をジッと眺め、弓を指をさした。
「……変わった形の弓だな」
「……まぁ、変わってるかもしれないわね。これは和弓よ」
「もしかして、かなり、上手いのか?」
「そりゃあ、優勝狙えるほど弓は使えるわよ。どうして、そんなことを」
「いや……もしかして、それなら――あいつを、射れるんじゃないかと思って」
団長の呟きで、イチカの弓に、全員の視線が集まった。
プロローグ
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「お、あれは……第五王子の見た目だけ騎士団じゃん」
「ほんとだ。って、お前、知らなかったのか? あいつら、討伐に100人は必要な屍鬼を操る者をたった3人で倒したとか。だから、あながち見た目だけとは――」
「ネクロマンサー!? マジかよ、本当によく生き残ったな……あんなんと戦うとか、実質的な死亡宣告じゃんか」
「ん? 待て待て。中央に女の子がいるぞ?」
兵士たちの前を、4人の男女が歩いていた――男性は騎士2名と魔導士1名だった。そして3人で囲うように不似合いな女子高生が1人。
「なんだ、あの娘……けっこうカワイイ……。でもなんか、変なの背負ってるな……あれ武器か何かか?」
兵士はざっと女の子を上から下までじっくりと眺めた。
程よい細身の体、艶やかな黒い髪は長く後ろの高い部分で一つにまとめられている。男ばかりの宿舎に女という時点でも不自然なのだが、彼らには見慣れぬ服装だった。
兵士2人に、後ろからさらに1人現れ声をかけた。
「あのな、お前ら。あの女は……俺も速攻で気になって、知ってるやつに聞いてみたんだが……どうやらちょっと違うらしい」
兵士が、ささやくように首を振っていった。
「何がだよ」
「あの落ちこぼれのルークが、『最期にかわいい女の子ください』って邪な気持ちで召喚魔法を使ったら、あの子がきて」
「……きて?」
聞いた兵士たちはゴクリと唾を呑みこむ。
もしや、もしやもっと――男たちにとって都合のいい意味での女子がきたのでは――、と瞳に期待と熱がこもる。
「あの女『イチカ』が、ネクロマンサーを一撃で仕留めたらしい」
「「は?」」
男たちは、女子高生を、『イチカ』を眺めた。どう見ても、視線の先の彼女は強そうには見えなかった。ならば、ああみえて恐ろしい魔法でも使うのだろうか、と改めて見つめる。
「……だから、噂になってるんだよ。ルークが……異世界から『想像を絶する悪魔』を召喚したんじゃないかって」
その瞬間、場にいた男性陣すべての『守りがいがある、カワイイ女の子であってほしい』という期待は、見事に裏切られた。
********
悪魔召喚の儀
********
弓道大会の群衆の視線は気にならない。
全国大会の決勝戦、ここの最後の一矢で的に当たれば優勝。万年勝てなかった憎きライバルを押しのけ雪辱を果たすことができる、そんな大事な局面だった。
戦いは自分の中で起きていた。那須 一花は息を整える。
水を打ったような静けさだった。
そよぐ風が止み、ゆっくりと目を見開いた。
弓をひき、弦と弓幹がしなる心地良い音がする。握をしっかりと持ち直し、さらに心を整えた。
集中し、心と身体が一体化したような瞬間、一花は矢から指を離した。当たる、絶対に、優勝してみせる。一花は確信があった。
だが次の瞬間、まるでテレビのチャンネルが斬り替わるように、明るかった目の前が反転し、バチン、と見えぬ何かにはじかれたような感触がしてよろめいた。なんとか踏みとどまりこらえ、目を開けると昏い場所に立っていた。
古びた洋館の一角だと感じた。古い探偵ドラマなどで見た気がする、雰囲気の。家具と壁はボロボロ、赤いベロア素材の布はどす黒く汚れていた。
顔を上げた一花の目の前には、男性が1人立っていた。
「え、せ、成功……? 良かった……願いが通じたんだ……!」
「え、マジで女の子? ルーク、やったな! これで、死ねる。後悔なく死ねる!」
何が起こったのかわからず、一花は目の前の男性二人を眺めた。
紫のローブをきた魔導士風の男はルーク、皮鎧の男はアレンとそれぞれ呼び合っていた。どちらも一花に歳は近そうだった。
「ここは……」
「いやあ、話せば長いんだけど、洋館だ。といっても、荒廃した洋館。近隣の住民を襲う魔物退治を依頼されていて、僕たちがきたんだけど。この扉の向こうのホールにはね、ネクロマンサーっていう魔物がいるんだよ。かといって、そこを通らないと帰れないし……。敵の人数が多くて、僕たち3人じゃ無理かなって」
畳みかけるようにいわれ、一花は周りを見やる。まだ頭がはっきりしなかった。
「いくらなんでも3人でネクロマンサー討伐はないよな、手練れが100人くらいは必要だろ。頼むほうも狂ってやがる、というか第五王子に死ねって言ってるんだろうけどさ」
絶望の表情で、アレンはため息をついた。
「ネクロマンサー?」
「ああ、死者をあやつるんだ。ネクロマンサーそのものは弱いけど、死んだ人間たちを操る厄介な魔物。ガイコツたちが相手だから、数が多くて。命からがらこの部屋に3人で飛び込んだけど、それからどうにも……僕たちが近寄ることも、逃げることもすらもできなくて」と、丁寧にルークは答えた。
3人? もう一人はどこにいるのだろうか、と脳裏によぎる。
「それで、どうしてわたしはここに?」
「ああ、できれば、えーと、そのぉー…‥役にたつ人間の召喚を、と願って……あと、できれば、女の子がいいなぁって」
ルークはもじもじと赤く照れながら、ちらちらと一花を見た。
「なにぶんここは男やもめだったから……最期、死ぬ前に、せめてカワイイ女の子を拝みたくて……あ、でも変な意味じゃなくてっ」
照れつつ付け加えるようにいう。
「だから、せめて、せめて手を握らせてくれないか……ううっ」
――変な意味じゃない、といわなかったか? と突っ込みたかったが、差し出された男の手を一花は無視した。
「もし、あなたの手を握ったら、わたしは帰れるの?」
「えーっと」
気まずそうに、アレンとルークは互いを見合った。
「できない。僕の魔力もほとんど底をついちゃった。ネクロマンサーがあそこにいる以上、いいづらいけど君は僕らと一緒に死ぬしかない」
一花は怒りと嘆きを通り越して、笑いたくなった。意味もわからず呼び出されて、死ぬといわれて、どれだけ誰が納得するというのだろう。
「……いいたいことは、わかったわ」
「えっ!? じゃあ――」
目前の男どもを一花は睨んだ。
「……それ以上近寄ったら、あんたの目玉を貫く。ちなみに外さないから」
低く押し殺した声に、絶句していた。それまでは嬉々とした表情だったのに、真逆の絶望へと叩き落されている。
「そ、そんなこと、できるわけが」
ルークの言葉に、一花は背中から持っていた弓をしっかりと握り直し、矢を矢筒からすばやく取り出した。ギリ、と矢をつがう。ビィン、と音が鳴り、矢はしなってやや遠くの位置にあった、肖像画の瞳に的中していた。
「ひいーーー!?」
2人が恐れ慄く中、ガチャリと部屋とつながっていた小さな扉が開かれ誰かが入ってきた。
「お前ら、いったいさっきから何を騒いで……」
精悍な男性、というべきだろうか。眉間に皺をよせ一花を見下ろしていたのは、少々年上くらいの深青髪の男性だった。腰に携えた剣と濃紺の中世にありそうな貴族服、銀の刺繍が織り込まれた紋章。顔立ちと雰囲気くら身分は高そうだと、一瞬で判断した。
「どこから女が? まさか」
この現状を見ても冷静なところを見て、話が通じるのはこの人物だけだと、一花は思った。ルークは慌てて、無意味に首を振る。
「起死回生の案だと思っだんです。僕の最後の魔力を使って、誰か、逆転できる人物を呼び出そうと思って。聖女とか、魔法使いとか……女の子とか」
最後らへんの言葉は、もはや尻すぼみとなっている。ルークの言葉に、全てを察した様子の団長と呼ばれた男性は静かに怒っているようだった。
「……ロクでもない理由だな。この大事な時に貴重な魔力を無駄に使いやがって。いいたいことはたくさんがあるが、緊急事態だ。生還したときには2人とも覚悟しろ」
「ひぃ! 帰りたくない! やっぱりここで死んだ方がいいかな!?」
「え、俺もぉ!? ルークがメインで言い出したんですよ! あっ、いや……隊長、すっ、すみませんでした!」
「謝るなら、この……女性にだろうが!」
それを聞き、2人はピシッと姿勢を正し頭を下げた。
「「すみませんでした!」」
はあ、と盛大にため息をつき、隊長は一花へと向き合った。
「本当に部下がすまないことをした。心から詫びさせてもらう。誠意を尽くしたいが……それもできるかどうか。ところで、あなたの名前は……」
丁寧な対応に、一花の怒りが少しだけ消えていく。それでも、ルークがしたことは許せるものではなかったが。
「一花よ、那須一花」
「イチカ、本当に申し訳ない」
もう一度丁重に謝られ、イチカは「ひとまず頭はあげて。許したわけじゃないけど」とつぶやいた。
「さて、彼女にどこまで話した。手短にいえ」
「ネクロマンサーのせいでこの部屋から出れず、この場で全滅しそうだと」
「……間違いないな。だが、それにしても召喚か……しかも女性を……。3人でここで全滅やむなしと思っていたが、これで簡単に死ねなくなったな……死ぬために呼び出されたとあっては、不憫すぎる。ルーク、アレン。お前らはイチカを守りここから脱出することに専念しろ」
「どうするんですか、いくら団長でも、1人では……」
「俺が囮になれば、逃げる隙もあるかもしれん。いざというときは、置いて逃げろ」
「でも、それは……1人で死ぬ気ですよね? ダメです。どうにかして、全員でここを抜け出せませんか。みんな一緒じゃないと……僕は団長とアレンだからこそ、ここの部隊にいるのに」
さきほどのおどおどした様子は消え、ルークは真剣に団長に詰め寄っている。
「……ありがとう。それなら、来客もきたことだし、もう少し生き延びる方法を探そう」
団長の瞳には、優しさと悲しさがこもっていた。
「あの、イチカさん……本当に、ごめんなさい。できるかわかんないけど、僕は頑張って、なんとかあなただけでも守りますから……!」
ルークは気遣うようにいった。そのまま肩に手を置こうとしたが、一花は薄く笑い距離を取る。
「――待って、それは、あなたの責任なんだから、当たり前でしょう。それより、わたしに指1本でもわたしに触れたら……私があなたを殺すから」
再び睨むと再び矢を放ち、肖像画のもう片方の瞳へと的中した。
「ひっ、また当たった!?」
思わず、ルークは手をひっこめた。
「怖ッ! この子、外の魔物より怖ッ!!」
と、アレクはずざぁっと、後ろに退がる。
「……お前らが呼び出したのはもはや悪魔だろ」
あまりの剣幕に、団長もドン引きする。
「ん? また的中した? ってことは、もしかして、あの場所を狙って撃ったのか?」
「ええ、この子……さっきも瞳に当てたんです、ほら……」
団長は肖像画に刺さった矢とイチカの弓をジッと眺め、弓を指をさした。
「……変わった形の弓だな」
「……まぁ、変わってるかもしれないわね。これは和弓よ」
「もしかして、かなり、上手いのか?」
「そりゃあ、優勝狙えるほど弓は使えるわよ。どうして、そんなことを」
「いや……もしかして、それなら――あいつを、射れるんじゃないかと思って」
団長の呟きで、イチカの弓に、全員の視線が集まった。


