野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 中宮(ちゅうぐう)も実家へお戻りになる。兄宮(あにみや)兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)上皇(じょうこう)御所(ごしょ)までお迎えにいらっしゃった。この宮は(むらさき)(うえ)父宮(ちちみや)でもある。
 雪も風も激しい日だった。
 (あるじ)を失った御所は、だんだんと人が減って(さび)しくなっている。中宮が今日実家へお移りになると聞いて、源氏(げんじ)(きみ)はご挨拶(あいさつ)に参上なさった。兵部卿の宮と昔話をなさる。宮は庭の松をご覧になって、しみじみとおっしゃった。
「たいそう華やかだったこの御所もすっかり寂しくなりましたね。院を頼りになさっていたお(きさき)たちも()()りになって、悲しい年の(くれ)です」

 庭の池には氷が張っている。
 源氏の君は涙をこぼしながら、
「どこをお探ししても、もう院はおいでになりませんから」
 と、思うままに子どものようなお返事をなさった。応対役として出ていた中宮の女房(にょうぼう)は、
「私たちの記憶からもいつか消えておしまいになるのでしょうか」
 と寂しそうに申し上げる。
 他にもいろいろとお話しになったけれど、悲しいことばかりだもの。ここまでにしておきましょう。

 中宮は実家へ戻っても、自宅という気がなさらない。入内(じゅだい)なさって十年以上が()っている。ご実家を離れていた年月のことをあれこれと思い出していらっしゃった。
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