悪役令嬢に指名されました!
「あなたに悪役令嬢になっていただきたいの」
 言われた内容に、ケイリア・ディーシュ・リーズウェル伯爵令嬢はきょとんとした。

 悪役とは、どういうことだろう。
 発言の主であるディスカーシャ・アーク・ロレンディア侯爵令嬢はにたにたと笑っている。

 ともに高等学園の二年生で十七歳だが、家の格は各段に違う。
 ロレンディア家は商業で成功していて、今もっとも勢いのある貴族だ。あちこちにつながりがあり、顔が効く。

 立場的にはただの学友だ。
 クラスが同じというだけ。挨拶を無視された覚えはあるが、話したことなど一度もない。

 授業を終えたあと、話があると談話室に連れてこられた。話し掛けられたのは今日のそれが初めてだ。
 白い壁に囲まれた談話室はもとは公共の場だったが、ディスカーシャが入学するときに彼女の好みに(しつら)えられ、現在は彼女の私室となっている。豪華な金枠の窓に赤いカーテン、赤い絨毯。白いテーブルやソファも金で装飾され、ビロードの座面も赤。

 わかりやすく豪奢な見た目のものが好きなんだなあ、と思って眺めているとテーブルにつくようにいわれた。どきどきしながら取り巻きの女性たちと一緒に丸テーブルを囲む。
 メイドがお茶を入れて退室した後に言われたのが、悪役になってほしいという発言だった。

「演劇をなさるご予定がおありなのですか?」
 尋ねてみると、ディスカーシャは愚か者を見るように目を細めた。

「それに近いものはあるわね。やってくださるわよね?」
 巷では悪役令嬢が成敗される物語が流行っているから、感化されたのだろうか。
 演劇であっても悪役は嫌がられることが多いだろう。だから断られまくって自分に話がきたのだろうか。しかし、悪役どころか演劇の経験がない。

「私は無理だと思いますので、ほかをあたっていただいたほうが良いと思います」
 正直な発言に、ディスカーシャの口元が歪んだ。

「あなたの意見などいらないの。はい、と言えばいいだけなの」
 そうなのか、とケイリアはうんざりとうなだれる。
 侯爵のほうが身分が高い。彼女の発言に逆らったら今後がどうなるかわからない。ただでさえケイリアの家は没落の一途をたどっている。

「あなたの父親の吹けば飛ぶような小さな会社、私のお父様が取引をしてあげてるから持ってるようなものよ。逆らったらどうなるかおわかりよね?」
 ケイリアは顔を青褪めさせた。この切り札があったからディスカーシャは自分に目をつけたのだろう。
 恥をかくかもしれないが、ここは頑張って悪役を演じるしかない。

「かしこまりました」
 ケイリアが答えると、ようやくディスカーシャは満足の笑みを浮かべた。



 翌日、ケイリアは憂鬱な気持ちで登校した。
 登校の馬車渋滞を横目に歩いて行く。彼女の家は登校のために馬車を出す余裕などないから、まるで庶民のように徒歩で通学しているのだ。
 ため息とともに門をくぐり、教室に向かう。

「おはようございます」
 教室の入り口でいつもどおりに小さな声で挨拶して中に入り、窓際の自分の席につく。

 クラスに特別に仲のいい生徒はいない。
 それでいいと思っていた。

 さみしいけれど、以前は無理をしてでも友達を作ろうとしたが、空気感が合わずに変な目で見られただけだったから、もうあきらめている。

 平和に過ごして卒業して、親の決めた人と結婚する。
 いつからか、諦観とともにそんな未来を受け入れ、伯爵令嬢としての平凡な人生を思い描いていた。

 ほかの令嬢から悪役令嬢になれなんていう命令を受けることになるなんて、予想をしたこともない。
 悪役令嬢としてやることは、いじめだ。舞台でいじめの演技をするのではなく、実際にいじめをするようにと指示をされた。

 ターゲットは同じクラスのシュリディア・ファース・ローナマクス嬢。田舎から出て来たという子爵家のおとなしい少女。赤い髪に青い瞳のどこにでもいるような普通の令嬢。
 彼女はケイリアと同じくクラスに親しい友達はおらず、ひとりで行動している。
 だから親近感があった。まさか自分がいじめをする標的になるなんて思いもしなかった。

「きゃあ! テオ様よ!」
 声がしたのでそちらを見ると、窓の外に三年生の金髪の麗しい男子学生が見えた。

 テオドール・ハリス・ヴィルディウム、大公の息子だ。整った顔立ちとスタイルの良さで学園で一番の人気がある。先の試験ではトップの成績を修め、武闘大会では何度も優勝している。
 噂ではディスカーシャも彼に惚れており、父親に彼と結婚できるようにとねだっているという。

 縁のない人だ、と思ってからため息をつく。
 ディスカーシャとの縁もないまま卒業することになると思っていたのに、嬉しくない縁ができてしまった。
 彼女の望む悪役令嬢になんて、なれる気がしない。

 顔をあげると、ディスカーシャはにやにやとケイリアを見ている。
 いじめは昼休みに食堂で、と時間も場所も指定された。その理由は言われていない。
 いじめの指示こそいじめじゃないのか、との指摘はできなかった。逆らえば自分はおろか父までどうなるのかわからない。

 うじうじと悩んでいたので、まったく授業に集中できないまま昼休みを迎える。
 からんからん、と係の人が歩きながら鳴らす鐘を合図に授業が終わった。

「やっと終わりましたわね」
「おなかがすきましたわ」
 クラスメイトがわいわいと話しながら教室を出ていく。

 ケイリアは教科書類を片付けると食堂へ向かった。
 子爵令嬢はいつも食堂で昼食を取っている。それを把握した上で、食堂でいじめろと言われたのだろう。

 食堂は人々で賑わっていた。
 学費として昼食代もすでに払われているから、なにを食べても自由だ。

 シュリディアはトレイに今日のランチセットを載せてキョロキョロと見回している。
 やがて席を決めてテーブルについたのを確認し、ケイリアは自分もランチのパスタと水の入ったコップをトレイに載せて歩いていく。

 ディスカーシャからはシュリディアに昼食をぶちまけた上に悪口で罵れと言われている。
 そんなことしたらパスタがもったいないし、ドレスが汚れては彼女も困るだろう。水をかけるだけでなんとか許してもらえないだろうか。

 どきどきしながら近づく。
 ふと見ると、テオドールが友人らしき男性と一緒に歩いて来てシュリディアの近くに座った。
 あんなイケメンの近くで悪役を演じなければならないことが、なんだか嫌だ。
 相手が誰であっても、進んで悪人の印象を与えたい人なんていないだろう。

 シュリディアの近くにはほかの令嬢も座っている。パスタをぶちまけたら、その人にもかかってしまいそうだ。
 少し離れた席ではディスカーシャがこちらを見ている。
 いつもは談話室でとりまきと一緒に昼食を取っているのに、今日はケイリアの成果を確認するためにこちらに来たようだ。

 緊張してシュリディアを眺めていると、テオドールが顔をこちらに向けた。
 どきっとして慌てて目をそらす。
 彼はすぐに友達に視線を戻したので、ほっとしてシュリディアへと向かった。

 ケイリアは緊張とともにコップを手にする。
 テオドールが再びケイリアを見て席を立つが、そんなことに気が付く余裕がない。

 そうだ、とふいに思いつく。
 失敗したふりをして自分が水をかぶろう。
 実行した上での失敗なら、ディスカーシャに文句を言われないかもしれない。
 水の入ったコップを振り上げたときだった。

「やめろ!」
 声とともに横から手を掴まれた。
 コップがぐらりと揺れて、中の水が全部ケイリアにかかる。

「あ……」
 手を掴んだ本人、テオドールが驚きの声をあげる。
 振り返ったシュリディアが目を真ん丸にしてふたりを見ている。
 ケイリアは瞬いてテオドールを見て、どうしたらいいのかわからなくなって、えへへ、と笑った。

「ありがとうございます」
 とっさに口から出たのはお礼だった。
「は?」
 今度はテオドールが目を丸くした。つかんでいた手が離れ、ケイリアはトレイにコップを戻す。

「お水、かかりませんでした? 大丈夫ですか?」
 テオドールとシュリディアにたずねると、ふたりは無言で頷いた。

「それは良かったです。では私は失礼いたします」
 頭からびしょびしょになったまま、トレイを持ってその場から立ち去る。
 怖くてディスカーシャのいる方向は見られなかった。
 パスタはテイクアウトにしてもらい、裏庭に逃げてひとりで食べた。



 放課後、ケイリアは談話室に呼び出された。
「なんで失敗してんのよ!」
「もうしわけありません」
 ケイリアはしょんぼりと謝る。
 昨日と違い、テーブルにつかせてはもらえない。立たされたまま、ディスカーシャととりきの令嬢たちの冷たい視線を浴びている。

「せっかくの計画がパーよ!」
 ディスカーシャはいらいらと机を指で叩く。
「あんたがいじめをしてディスカーシャ様が止める、そんな素敵なディスカーシャ様をテオドール様が見初める素晴らしい計画だったのに」
 とりまきが怒りのままにまくしたてる。

 ケイリアはきょとんとした。
 ものすごい杜撰に思えるが、そんな計画があるなら最初から言ってくれたらいいのに。

「そうよ、テオドール様と話してた生意気なあの女を懲らしめて、その上でディスカーシャ様の格の違いを見せつけるチャンスだったのに」
 懲らしめる意図があったなんて。
 話をしただけで懲罰の対象にするなんてこわすぎる。

「愚図のせいで、全部台無しだわ!」
 ディスカーシャがテーブルをばん! と叩くから、ケイリアはびくっとした。

「せっかく自然に出会えるチャンスでしたのにねえ」
 取り巻きの言葉にくらくらした。こんな画策をしておいて「自然」とは。
 というか、そんな回りくどいことしなくても話しかければいいだけなのでは。力を伸ばしている侯爵の令嬢から声をかけられたら向こうも無碍にはできないだろうから。

「あなた、責任とりなさいよ!」
 ディスカーシャがいらいらケイリアを睨みつける。
「え?」
 ケイリアは思わず聞き返す。

「あなたが責任とってあの方と私の仲をとりもつのよ。いいわね!」
 無理だ。
 だが、ケイリアに拒否権などあるはずがない。昨日、そう言われたばかりだ。
「はい……」
 ケイリアはしょんぼりとうなだれた。


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