拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
「にしても、初恋の相手が友達の叔父で、十三歳も年上なんて。大変かもしんないけど、まあ頑張って。……ところで珠莉、純也叔父さんって独身なの?」
確かに、彼くらいの年齢なら既婚者でもおかしくはないけれど。愛美は彼からそんな話は聞いていない。
「ええ、そのはずですわ。叔父の周りには打算で近づいてくる女性しかいらっしゃらないから、そもそも女性不信ぎみなんですって」
「女性……不信……」
愛美の表情が曇る。自分だって女の子だ。好きになってもらえるかどうか。
「大丈夫だって、愛美! アンタに打算なんてないでしょ? 彼がお金持ちだからとか、名家の御曹司だからって好きになったんじゃないでしょ?」
「うん。それはもちろんだよ」
お茶代だって、金欠でなければ自分の分は払うつもりでいたのだから。
「だったら可能性あるよ、きっと。だから自信持ってよ」
「うん! ありがと、さやかちゃん!」
愛美は大きく頷くと、チョコレートの箱を大事そうに抱えて自分の部屋に戻った。
――初めての恋。このドキドキの体験を、〝あしながおじさん〟に知ってもらいたい。愛美は便箋を広げ、ペンを取った。
****
『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
この学校に入学してから早いもので一ヶ月半が経ち、学校生活にもだいぶ慣れてきたところです。
わたしは勉強こそできますが、どうも流行には疎いらしくて、クラスの子たちの話題になかなかついていけません。そんな時はさやかちゃんに訊いたり、スマホで調べたりするようにしてます。
ところでおじさま、聞いて下さい。わたし、どうも初めて恋をしてしまったみたいです。
お相手の方は、珠莉ちゃんの親戚で辺唐院純也さんという方。珠莉ちゃんのお父さまの一番下の弟さんだそうで、手短にいえば珠莉ちゃんの叔父さまにあたる人です。
彼はおじさまと同じくらい背が高くて、優しくて、ステキな方です。ご自身も会社の社長さんらしいんですけど、お金持ちであることをまったく鼻にかけたりしないんです。「むしろ、自分は一族の中で浮いてるんだ」なんておっしゃってたくらいで。
金曜日、学校を訪れた彼を、補習があって抜けられない珠莉ちゃんに代わってわたしが案内してさしあげて、学園内のカフェでお茶もごちそうになりました。
本当はわたし、自分の分だけでも払いたかったんですけど、残念ながら金欠で。一人分で千八百五十円もかかったんですもん。
ところが、彼は珠莉ちゃんに会う前に急にお帰りになることになっちゃって。わたしに「またね」っておっしゃって行かれました。
多分、本当は珠莉ちゃんに会いたくなかったんじゃないかとわたしは思ってるんですけど。どうやら彼は、珠莉ちゃんのことが苦手らしいので。
珠莉ちゃんは叔父さまに会えなかったから、わたしが叔父さまを横取りしたってめちゃくちゃ怒ってました。
あの叔父さまはものすごくイケメンで、気前がいいから女性にすごく人気があるんだそうです。そして、彼女はどうも、叔父さまにお小遣いをねだろうと思ってたみたいです。
それ以来、珠莉ちゃんはわたしと口もきいてくれなかったんですけど。今日純也さんから「金曜日のお礼に」って高級なチョコレートが三箱届いて(さやかちゃんの分もありました)、すっかり彼女の機嫌は直ったみたいです。
わたしはというと、あの日からずっと純也さんのことが頭から離れなくて。夜眠れば夢に出てくるし、授業中もついついあの人の顔が浮かんできて、得意なはずの国語の授業中に先生の質問に答えられなくて注意されました。
こんなこと、生まれて初めての経験で。「これはなんていう感情なの?」って二人に訊いたら、さやかちゃんが教えてくれました。「それは〝恋〟だよ」って。
恋をするって、こういうことだったんですね。本では読んだことがあったけど、実際に経験するのはまた別の感覚です。ドキドキしてワクワクして、フワフワした気持ちです。
もちろん、おじさまはわたしにとって特別な存在です。なので、いつかおじさまもわたしに会いに学校まで来て下さらないかな。校内を案内しながらおしゃべりしたり、お茶したりして、わたしとおじさまの相性がいいのか確かめたいです。それで、もしも相性が悪かったら困っちゃいますけど、そんなことないですよね? おじさまはきっと、わたしを気に入って下さるって信じてます。
では、これで失礼します。大好きなおじさま。
五月二十日 愛美より 』
****
手紙の封をし終えると、愛美は純也が送ってくれたチョコレートを一粒口に運んでみた。
「美味しい……。こんな美味しいチョコ食べたの初めてだ」
それが高級ブランドのチョコレートだからなのか、好きな人からの贈り物だからなのかは分からない。
でも、愛美はできれば後者であってほしいと思った――。
確かに、彼くらいの年齢なら既婚者でもおかしくはないけれど。愛美は彼からそんな話は聞いていない。
「ええ、そのはずですわ。叔父の周りには打算で近づいてくる女性しかいらっしゃらないから、そもそも女性不信ぎみなんですって」
「女性……不信……」
愛美の表情が曇る。自分だって女の子だ。好きになってもらえるかどうか。
「大丈夫だって、愛美! アンタに打算なんてないでしょ? 彼がお金持ちだからとか、名家の御曹司だからって好きになったんじゃないでしょ?」
「うん。それはもちろんだよ」
お茶代だって、金欠でなければ自分の分は払うつもりでいたのだから。
「だったら可能性あるよ、きっと。だから自信持ってよ」
「うん! ありがと、さやかちゃん!」
愛美は大きく頷くと、チョコレートの箱を大事そうに抱えて自分の部屋に戻った。
――初めての恋。このドキドキの体験を、〝あしながおじさん〟に知ってもらいたい。愛美は便箋を広げ、ペンを取った。
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『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
この学校に入学してから早いもので一ヶ月半が経ち、学校生活にもだいぶ慣れてきたところです。
わたしは勉強こそできますが、どうも流行には疎いらしくて、クラスの子たちの話題になかなかついていけません。そんな時はさやかちゃんに訊いたり、スマホで調べたりするようにしてます。
ところでおじさま、聞いて下さい。わたし、どうも初めて恋をしてしまったみたいです。
お相手の方は、珠莉ちゃんの親戚で辺唐院純也さんという方。珠莉ちゃんのお父さまの一番下の弟さんだそうで、手短にいえば珠莉ちゃんの叔父さまにあたる人です。
彼はおじさまと同じくらい背が高くて、優しくて、ステキな方です。ご自身も会社の社長さんらしいんですけど、お金持ちであることをまったく鼻にかけたりしないんです。「むしろ、自分は一族の中で浮いてるんだ」なんておっしゃってたくらいで。
金曜日、学校を訪れた彼を、補習があって抜けられない珠莉ちゃんに代わってわたしが案内してさしあげて、学園内のカフェでお茶もごちそうになりました。
本当はわたし、自分の分だけでも払いたかったんですけど、残念ながら金欠で。一人分で千八百五十円もかかったんですもん。
ところが、彼は珠莉ちゃんに会う前に急にお帰りになることになっちゃって。わたしに「またね」っておっしゃって行かれました。
多分、本当は珠莉ちゃんに会いたくなかったんじゃないかとわたしは思ってるんですけど。どうやら彼は、珠莉ちゃんのことが苦手らしいので。
珠莉ちゃんは叔父さまに会えなかったから、わたしが叔父さまを横取りしたってめちゃくちゃ怒ってました。
あの叔父さまはものすごくイケメンで、気前がいいから女性にすごく人気があるんだそうです。そして、彼女はどうも、叔父さまにお小遣いをねだろうと思ってたみたいです。
それ以来、珠莉ちゃんはわたしと口もきいてくれなかったんですけど。今日純也さんから「金曜日のお礼に」って高級なチョコレートが三箱届いて(さやかちゃんの分もありました)、すっかり彼女の機嫌は直ったみたいです。
わたしはというと、あの日からずっと純也さんのことが頭から離れなくて。夜眠れば夢に出てくるし、授業中もついついあの人の顔が浮かんできて、得意なはずの国語の授業中に先生の質問に答えられなくて注意されました。
こんなこと、生まれて初めての経験で。「これはなんていう感情なの?」って二人に訊いたら、さやかちゃんが教えてくれました。「それは〝恋〟だよ」って。
恋をするって、こういうことだったんですね。本では読んだことがあったけど、実際に経験するのはまた別の感覚です。ドキドキしてワクワクして、フワフワした気持ちです。
もちろん、おじさまはわたしにとって特別な存在です。なので、いつかおじさまもわたしに会いに学校まで来て下さらないかな。校内を案内しながらおしゃべりしたり、お茶したりして、わたしとおじさまの相性がいいのか確かめたいです。それで、もしも相性が悪かったら困っちゃいますけど、そんなことないですよね? おじさまはきっと、わたしを気に入って下さるって信じてます。
では、これで失礼します。大好きなおじさま。
五月二十日 愛美より 』
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手紙の封をし終えると、愛美は純也が送ってくれたチョコレートを一粒口に運んでみた。
「美味しい……。こんな美味しいチョコ食べたの初めてだ」
それが高級ブランドのチョコレートだからなのか、好きな人からの贈り物だからなのかは分からない。
でも、愛美はできれば後者であってほしいと思った――。