拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
* * * *
――その日の夕食の時間、愛美はあまり食欲が湧かなかった。食事を半分以上残し、部屋に戻って復活したパソコンでレポートの続きを書きながらため息をついていた。
(パソコンが動くようになったのはいいけど……、純也さん、どういうつもりでプロポーズなんて)
もちろん、彼が冗談であんなことを言ったわけではないと愛美も分かっているのだけれど。返事を保留にしたことも、正しかったのか間違っていたのかよく分からないのでモヤモヤする。
「――よし、レポート完成、っと。……そういえば、さやかちゃんと珠莉ちゃん、遅いなぁ」
二人とも、寮内のコンビニにでも寄っているのだろうか? 今日の夕食は野菜多めのヘルシーな和食メニューだったため、物足りなかったのかもしれない。それに、愛美が夕食にほとんど手をつけていなかったのを二人も見ていたので、愛美の分の夜食も買っているのだろうか。
「っていうか、プロポーズの返事、どうしよう……」
頬杖をつき、もう一度大きなため息をついていると――。
「ただいま、愛美。レポート終わったんだ?」
「あ、さやかちゃん。おかえり。……うん、パソコンが直ったおかげでね、何とか終わったよ」
部屋に戻ってきたさやかと珠莉は、やっぱりコンビニのビニール袋を手にしていた。
「そのわりには大きなため息ついちゃって、どうしたー? 晩ゴハンだってほとんど残してたじゃん。好き嫌いのないアンタが珍しい」
「さやかさん、その言い草はないんじゃなくて? 愛美さん、何か悩んでらっしゃるのよね?」
「うん……、ちょっとね、だから食欲なくて。でも、何かお腹すいてきちゃったな」
「そんなこともあろうかと思ってさ、愛美の分も夜食買ってきたよ」
さやかはビニール袋から、おにぎりを二種類とプリン、麦茶のペットボトルを取り出して愛美の机の上に置いた。さやかのおにぎりはタラコと梅干しと緑茶で、珠莉の夜食はサンドイッチと無糖のストレートティーだ。
「おにぎり、鮭とツナマヨでよかったよね? 待ってて、プリン用にスプーン取ってくるから」
「さやかちゃん、ありがと。いただきまーす!」
親友たちと話したおかげだろうか、愛美の食欲が戻った。外装フィルムを剥がしで海苔を巻いたおにぎりに勢いよくかぶりつく。
「ん~、美味しい! 生き返る~」
「……やっといつもの愛美に戻ったね。それで、悩んでることって何なのさ?」
愛美が鮭のおにぎりを半分くらい食べ、麦茶を飲んだところで、さやかが心配そうに訊ねた。
「うん、あのね……。実は今日、純也さんにプロポーズされちゃって」
「「プロポーズ!?」」
予想外の単語に、さやかと珠莉が思わずハモった。
「叔父さまったら、愛美さんの悩みを増やしてどうするんですの……?」
珠莉が「叔父さま、余計なことを……」と天を仰いだ。
「ホントだよ。で、アンタ、もう返事はしたの?」
「とりあえず、今日のところは保留にしてもらった。『大学を卒業してからでもいいから、今すぐどうこうっていう話じゃない』とは言われたんだけど……。わたし、今の状態で純也さんと結婚してもきっと上手くいかない気がするの。多分、彼に負い目を感じてるからだと思うんだけど」
「……まあ、今すぐどうこうって話じゃないなら、そんなに悩む必要ないんじゃない? 援助してもらったお金だって、卒業までに返せるアテができるかもしれないし。そしたら負い目だってなくなるかもよ?」
「……そうだね。だといいんだけど……。わたしは早く、純也さんにホントのことを打ち明けたい。ただ、わたしが楽になりたいだけなのかもしれないけど。きっと純也さんだって、わたしにホントのことを打ち明けたくて苦しんでるはずなんだよね」
「う~ん、そっか」
確か『あしながおじさん』のお話の中では、ジュディは〝あしながおじさん〟に手紙で相談していたけれど、愛美にはそれができない。純也さんが〝あしながおじさん〟だと分かっていながら、他人のふりをして相談なんてできるはずがないのだ。