拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
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――それから数日後の週末。今日はさやかも珠莉も、レオナもいない。
愛美はショッピングのために少し多めにお金を持っておこうと、手持ちのお小遣いだけでは足りなそうなので銀行のATMで現金を引き出そうとしていたのだけれど……。
「……あれ? 残高が思いっきり増えてる。これ、何のお金だろう?」
思い当たることがなく、首を傾げた。
昨日までは、まだ一円も使っていないあの二百万円の他に、数日前に振り込まれたばかりの原稿料が入っているだけだったのだけれど。それから一気に百六十万円ほど残高が増えているのだ。
この出どころを突き止めようと思って通帳記入をしてみると、入金元は「ミョウケンシャ」となっている。
「出版社からの入金……?」
必要な分だけ現金を引き出し、また首を傾げながら銀行を出ると、スマホに編集者の岡部さんから電話がかかってきた。
「――はい、相川です」
『先生、岡部です。お疲れさまです。――ところで先生、口座の残高はもう確認されました?』
「はい、今さっき確認したところですけど。ちょっと、たまたま銀行に用があったので。……あの百六十万円の入金って何のお金なんですか?」
こうして岡部さんが電話してきたということは、あの大金は間違いなく明見社から振り込まれたものらしい。
『あれはですね、先生が出版された短編集の印税です。全部で二万部も売れたんで、あれだけの額になったんですよ』
「二万部!?」
電子書籍が普及している今の世の中で、紙書籍が二万部も売れるというのは実はものすごいことなのだ。しかも、あの短編集は愛美の書籍デビュー作である。
『はい、そうなんですよ。僕も担当編集者として鼻が高いです。それでですね、先生。僕は今横浜に来ておりまして。新横浜の駅前なんですが、今から来られますか?』
「ちょうどわたしも今、すぐ近くまで来てるんです。ショッピングでもしようと思って。どこに行けばいいですか?」
岡部さんがカフェの名前を教えてくれたので、電話を切った愛美はさっそくそのお店を目指した。
「――先生、わざわざお越し頂いてすみません。今日は何か予定があったんじゃないですか?」
そこはセルフ式のカフェで、注文したアイスレモンティーのトレーを持った愛美が向かいの席に座ると、岡部さんは申し訳なさそうにペコンと頭を下げた。
「いえいえ、ホントにたまたま近くにいたもんですから。……それで、岡部さんはどうして今日、わざわざ横浜までいらっしゃったんですか?」
ガムシロップを入れてストローでかき混ぜたレモンティーをすすりながら、愛美は彼にその理由を訊ねた。
「先ほどお電話でお話しした印税の明細書を、先生に直接お渡ししたくて。まあ、郵送でもよかったんですが。初めて印税を受け取られる作家さんには直接手渡しをするというのが。僕のポリシーでしてね」
「なるほど。そのためにわざわざ?」
「まあ、それもありますが。先生の長編小説が無事に出版されることが決定しましたので、その報告も兼ねて」
「ホントですか? ありがとうございます!」
印税を受け取れたことももちろん嬉しいけれど、自分の渾身の長編作品が二冊目に出版されることもまた、愛美にとっては嬉しいニュースだった。
「では、こちらが印税の明細書です。どうぞお受け取り下さい」
「ありがとうございます」
受け取ったのは会社などの給料明細のような、ミシン目で閉じられた紙。開いてみると、そこには「印税額:百六十万円」とはっきり印字されていた。
(これだけあったら、純也さんに出してもらったお金も返せる……!)
一度に全額はムリだけれど、残りは分割で返していけばいい。もし彼が返済を望んでいなかったとしても、せめてこれだけでも誠意として受け取ってもらえれば――。