拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】

彼の家へ……

「――愛美ちゃん、ちょっと待って! それは……本心で言ってるの?」

「うん、もちろん本心だよ。冗談で言ってないことくらい、わたしの目を見たら分かるはずでしょ?」

「それは……うん。君が冗談でそういうこと言うような子じゃないって、俺もよく知ってるけど。理由、聞かせてもらってもいいかな? 俺の何がいけない? どうすればいい?」

 愛美の言葉にただうろたえるばかりの純也さんは、三十二歳の大人の男性ではなく、ただ大好きな女の子に捨てられまいと必死になっている思春期の男の子のようだった。

「純也さんは何も悪くないよ。だから、まずはこのお金を黙って受け取ってほしいの。それがわたしにとってのけじめになるから。残りの分も、ちゃんと分割で返していくから心配しないで」

「愛美ちゃん、さっきも言ったけど、俺は君から返済なんか――」

「分かってるよ。あくまでこれは、わたしからの気持ちの押し付けだって。でもね、今までどおり純也さんと付き合っていくには、こうしないとわたしが前に進めないの。それだけは分かって」

「……それって、俺と別れるつもりではないってことだね? そういうことなら分かった。このお金は受け取っておくよ」

 何はともあれ、純也さんが自分の誠意を受け取ってくれたことに愛美は安心した。

「でね、ここからが本題なんだけど。わたしがプロポーズを断る理由は多分、やっぱり施設で育ったことに負い目を感じてたからだと思う。……純也さんは『気にしなくていい』って言ってくれたけど、純也さんのお家に嫁ぐってなるとやっぱり気にしちゃうんだよね。わたしとあなたは元々住む世界の違う人間だったはずだから」

 二人を繋いでいたのは、純也さんによる〝あしながおじさん〟=保護者としての援助だった。愛美が高校も卒業し、自分の道を歩み始めた今となっては、その繋がりもなくなってしまった。
 愛美には両親がいない。そして実家もない。そんな女性を、プライドの高い辺唐院家が嫁として受け入れてくれるはずがないと愛美は思っているのだ。

「純也さんはわたしの両親が航空機事故で亡くなったことを知ってるからいいけど、他の人たちはそういう事情を何も知らないでしょ? だからわたしのこと、『施設で育った卑しい子』としか見てくれないと思うの」

「両親や兄夫婦は俺が説得するよ。君の生い立ちについてもちゃんと話す。それでもダメなら、あの家とは縁を切る。それでも……、君は俺と結婚できない?」

「純也さんにそこまでさせてまで、結婚しようとは思わないよ。わたしにだってプライドはあるから。……でも、結婚できないのはそのちっぽけなプライドのせいなのかも。ホントにごめんなさい」

 大好きな人に「実家と縁を切る」と言わせてまで、結婚したくはない。彼にそこまで言わせてしまった自分自身が、愛美には許せないのだった。

「……わたし、今日は帰るね。また連絡待ってます。都合よすぎるかもしれないけど……」

「……うん。じゃあ……、また」

 彼の車を降りた愛美は、ものすごく惨めな気持ちになった。

(……わたし、一体何してるんだろう……?)
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