拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
「……わたし、おじさまにとうとう愛想尽かされちゃったかな」

「ん?」

 愛美がポツリと呟く。彼女はある可能性を否定できなかった。
 〝あしながおじさん〟はあの最悪の手紙に腹を立て、自分のことを見限ったんじゃないか、と。
 こんな失礼なことを書くような子には、もう援助する価値もないと。
 愛美自身、その自覚がある。今となっては、どうしてあの時にあんなバカなことを書いてしまったんだろうと後悔している。
 甘え下手にもほどがある。他にいくらでも書きようはあったはずなのに……。

「さやかちゃん、わたし……。おじさまに見捨てられたら、もうここにはいられなくなるの。他に行くところもないの。取り返しのつかないことしちゃったかもしれない」

「大丈夫だって、愛美! おじさまはこんなことで、愛美のこと見捨てたりしないよ! そんな器の小さい人じゃないはずでしょ? それは愛美が一番よく知ってるはずじゃん?」

「うん……」

 まだ〈わかば園〉にいた頃、中学卒業後の進路に悩んでいた愛美に手を差し伸べてくれた唯一の人が〝あしながおじさん〟だった。他の理事さんたちは、誰一人として助けてくれなかったのに。
 高校入試の時にも、高校に入ってからも、彼は愛美に色々な形で援助をしてくれている。
 そんな(ふところ)の深い人が、こんな小さなことで愛美を見放すわけがないのだ。

「まあ、あたしもまた小まめに郵便受け覗いてみるから。あんまり悩みすぎたらまた熱上がっちゃうよ。愛美は早く病気治して、退院することだけ考えなよ。……あんまり長居するのもナンだし、あたしはそろそろ失礼するね」

「うん。さやかちゃん、毎日お見舞いに来てくれてありがとね」

「いいよ、別に。インフルエンザならあたしはもう免疫できてるし、親友だもん。珠莉も一回くらい来りゃあいいのに」

 さやかは口を尖らせた。
 愛美が入院してから、彼女は毎日病室に顔を出しているけれど、珠莉は一度も来ていない。理由は、「インフルエンザのウィルスをもらいたくないから」らしい。

「予防接種くらい受けてるはずじゃん? 友達なのに薄情なヤツ!」

「……ゴメン、さやかちゃん。わたしも予防接種は……。注射が苦手で」

 きっと珠莉も注射が苦手だから、インフルエンザの予防接種から逃げていたんだろう。愛美にはその気持ちが痛いほど分かる。

「えっ、そうだったの? ゴメン、知らなかった」

 自身は注射を打たれてもケロリンパとしていられるさやかが、知らなかったこととはいえ愛美に謝った。

「じゃあ、また明日来るね」

 さやかが病室を出ていくと、愛美は個室に一人ポツンと残された。「インフルエンザは感染症だから、(かく)()が必要」ということでそうなったのだ。
 同じ一人部屋でも、寮の部屋とはまるで違う。寮なら隣りの部屋にいるさやかと珠莉が、ここにはいない。
 こうしてお見舞いには来てくれるけれど、帰ってしまうと一人ぼっちになってしまうのだ。

「まだ降ってる……」

 窓の外をじっと見つめながら、愛美は呟いた。朝からずっと降り続いている雨は、今の愛美の心によく似ている。

(さやかちゃんはああ言ってくれたけど、ホントにおじさま、わたしに愛想尽かしてないのかな……?)

 こんな天気のせいだろうか? 愛美の心もすっきり晴れない。

 ――と、そこへ一人の看護師さんがやってきた。赤いリボンの掛けられた、やや大きめの真っ白な箱を抱えて。

「――相川さん。コレ、お見舞い。ついさっき届いたんだけど」

「……えっ? ありがとうございます……」

(お見舞い? 誰からだろ?)

 箱を受け取った愛美は、首を傾げながら箱に貼られた配達伝票を確かめる。――と、そこには信じられない名前があった。

「田中……太郎……」

 秘書の〝久留島栄吉〟の名前ではなく、〝あしながおじさん〟の仮の名前がそこには書かれている。しかも、直筆で。 

「送り主は、あなたの保護者の方?」

 先に名前を確かめたらしい看護師さんが、愛美に訊ねた。

「はい。――あの、開けてもいいですか?」

「ええ、もちろん。どうぞ」

 リボンをほどいて箱のフタを開けると、そこにビッシリ入っているのはピンク色のバラの花。

「フラワーボックスね。キレイ」

「はい……。あ、メッセージカード?」

 思わず感動を覚えた看護師さんに頷いた愛美は、バラの花の上に乗っている小ぶりな封筒に気づいた。

 
『相川愛美様    田中太郎』


 表書きの字は、伝票の字と同じで右下がりの変わった筆跡だ。


****

『相川愛美様
 一日も早く、愛美さんの病状がよくなりますように。回復を祈っています。
           田中太郎より  』

****


 二つ折りのメッセージカードには、これまた封筒の表書きと同じ筆跡でそれだけが書かれていた。

(おじさま、わたしの手紙、ちゃんと読んでくれてるんだ……)

 カードの文字を見つめていた愛美の目に、みるみるうちに涙が溢れてきた。

 もちろん、この贈り物が嬉しかったからでもあるけれど。〝あしながおじさん〟のことが信じられなくなって、あんな最低な手紙を書いてしまった自分が情けなくて、腹立たしくて。

(……わたし、バカだ。おじさまはこんなにいい人なのに。返事がもらえないことも分かってたのに、あんなことして、おじさまを困らせて)

 愛想を尽かされても仕方のないことをしたのに、お見舞いのお花に手書きのメッセージカードまで送ってくれた。――愛美は今日ほど、〝あしながおじさん〟の存在をありがたいと思ったことはない。
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