拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
「秘書の人からは返事来てたけど、おじさまからは一回も来てないんだよ? もしかしたら、秘書の人は読んでくれてても、おじさまは読もうともしてないとか――」
「……愛美、怒るよ」
愛美のあまりのネガティブさに、さすがのさやかも見かねたらしい。眉を吊り上げ、静かに愛美のネガティブ発言を遮った。
「おじさまは、あんたの一番の味方のはずでしょ? あんたが信じてあげなくてどうすんのよ? 大丈夫だって! おじさまはちゃんと、愛美の手紙読んでくれてるよ! んでもって、一通ももれなくファイルしてあるよ、きっと!」
「ファイル……って」
最後の一言に、愛美は唖然とした。いくら小説家志望の彼女も、そこまでの発想はなかったらしい。
(……そういえば、園長先生もさやかちゃんとおんなじようなことおっしゃってたっけ)
このデジタル全盛期の時代にあって、〝あしながおじさん〟が愛美にメールではなく、手紙を書くことを求めた理由。それは、愛美の成長ぶりを目に見える形で残しておきたいからだと。
「まあ、それは発想が飛躍しすぎてるかもしんないけど。とにかくあんまり一人で深刻になんないことだね。グチだったらあたし、いっくらでも聞いてあげるからさ。あたしになら好きなだけ甘えていいよ」
「……うん、ありがと」
愛美はためらいながらも頷く。けれど、心の中では密かにある決意を固めていた。
(さやかちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、わたしは誰にも甘えちゃいけないんだ。だから、もう決めた! こうなったら、とことんまで〝構ってちゃん〟になってやる! おじさまが根負けして返事を下さるまで!)
〝構ってちゃん〟で結構。――愛美はもう開き直っていた。向こうがそう思っているならなおさら、それで押し通すつもりでいた。
(おじさまも血の通った人間なら、さすがに最後は音をあげるでしょ)
――それはともかく、愛美はまた咳込んだ。
「愛美、あんまりムリしちゃダメだよ? ただのカゼじゃないかもしんないし、明日は学校休んで病院でちゃんと診てもらった方がいいよ」
「うん、分かった。ありがとね」
――寮に帰った愛美は、今日も郵便受けに何も来ていないのを確認してから、どうすれば〝あしながおじさん〟がアクションを起こすのか考えた。
(コレなら、おじさまだって無視はできないよね♪)
彼がロボットでもない限り、何かしらの反応があるはず。
怒るかもしれないし、愛美に愛想を尽かすかもしれない。――でも、この時の愛美はそんなことを考えもしなかった。体調が悪いせいで、思考回路まで不調をきたしていたのかもしれない。
****
『拝啓、田中太郎様
もしかして、あなたはわたしのことを迷惑だと思っていませんか? 「女の子なんて面倒くさい」って、相手をするのもばからしいって無視してるんじゃないですか?
わたしがあなたをニックネームで呼ぶのも、本当はイヤなんですよね?
そうでなかったら、あなたは何の感情も持たないロボットと同じです。名前さえ教えてくれないような、冷たい人に手紙を書いたって、わたしには張り合いがありません。
わたしの手紙はきっと、あなたには読まれていない。秘書さん止まりで、あなたは読みもしないでゴミ箱に放り込んでるに決まってます。
もしも勉強のことにしか興味がないのなら、今後はそうします。
学年末テストは無事に終わりました。わたしは学年で五位以内に入って、二年生に進級できることになりました。 かしこ
二月二十日 相川愛美 』
****
――こんなバチ当たりな手紙を出した報いだろうか。愛美はこの手紙が投函された翌日、四十度の高熱を出して倒れ、付属病院に入院することになってしまった。
* * * *
「――愛美、具合はどう?」
入院してから十一日後、愛美の病室にさやかがお見舞いにやってきた。
看護師さんにベッドを起こしてもらっていた愛美は、窓の外を眺めていた。今日は朝から雨だ。
「うん、まあボチボチかな。食欲も出てきたけど」
「そっか、よかった。――コレ、今日の授業でとったノートのコピーね」
「さやかちゃん、ありがと」
愛美はお礼を言いながら、さやかがテーブルの上に置いたルーズリーフの束を取り上げた。
――愛美は四日前には体温も三十七度台まで下がり、点滴も外してもらって、お粥だけれど普通食を食べられるようになった。
でも……、一つ気がかりなことがあって、それ以上病状がよくなってはいなかった。
「さやかちゃん、……郵便受けには今日も何も?」
「うん、来てないよ。あれからもう四日経つよね。そろそろおじさまも、何かアクション起こしてもいい頃だと思うんだけど」
「そっか……」
表情を曇らせて答えるさやかに、愛美はガックリと肩を落とす。
――愛美は医師の診察の結果、インフルエンザと診断された。入院してから数日は高熱が続き、おでこに冷却シートを貼られて点滴を打たれていた。
四日前にやっと熱も下がってきて、起き上がっても大丈夫になったので、〝あしながおじさん〟に自分が今インフルエンザで入院中だということを手紙で書き送ったのである。前回、あんなひどい手紙を出してしまったことへの謝罪も兼ねて。
「あんなことを書いたのは、病気で神経が参っていたからだ」と。
その手紙をさやかに出してきてもらい、もう四日。さやかの言う通り、そろそろ返事か愛美の容態を訊ねる手紙でも来ないとおかしいのに……。
「……愛美、怒るよ」
愛美のあまりのネガティブさに、さすがのさやかも見かねたらしい。眉を吊り上げ、静かに愛美のネガティブ発言を遮った。
「おじさまは、あんたの一番の味方のはずでしょ? あんたが信じてあげなくてどうすんのよ? 大丈夫だって! おじさまはちゃんと、愛美の手紙読んでくれてるよ! んでもって、一通ももれなくファイルしてあるよ、きっと!」
「ファイル……って」
最後の一言に、愛美は唖然とした。いくら小説家志望の彼女も、そこまでの発想はなかったらしい。
(……そういえば、園長先生もさやかちゃんとおんなじようなことおっしゃってたっけ)
このデジタル全盛期の時代にあって、〝あしながおじさん〟が愛美にメールではなく、手紙を書くことを求めた理由。それは、愛美の成長ぶりを目に見える形で残しておきたいからだと。
「まあ、それは発想が飛躍しすぎてるかもしんないけど。とにかくあんまり一人で深刻になんないことだね。グチだったらあたし、いっくらでも聞いてあげるからさ。あたしになら好きなだけ甘えていいよ」
「……うん、ありがと」
愛美はためらいながらも頷く。けれど、心の中では密かにある決意を固めていた。
(さやかちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、わたしは誰にも甘えちゃいけないんだ。だから、もう決めた! こうなったら、とことんまで〝構ってちゃん〟になってやる! おじさまが根負けして返事を下さるまで!)
〝構ってちゃん〟で結構。――愛美はもう開き直っていた。向こうがそう思っているならなおさら、それで押し通すつもりでいた。
(おじさまも血の通った人間なら、さすがに最後は音をあげるでしょ)
――それはともかく、愛美はまた咳込んだ。
「愛美、あんまりムリしちゃダメだよ? ただのカゼじゃないかもしんないし、明日は学校休んで病院でちゃんと診てもらった方がいいよ」
「うん、分かった。ありがとね」
――寮に帰った愛美は、今日も郵便受けに何も来ていないのを確認してから、どうすれば〝あしながおじさん〟がアクションを起こすのか考えた。
(コレなら、おじさまだって無視はできないよね♪)
彼がロボットでもない限り、何かしらの反応があるはず。
怒るかもしれないし、愛美に愛想を尽かすかもしれない。――でも、この時の愛美はそんなことを考えもしなかった。体調が悪いせいで、思考回路まで不調をきたしていたのかもしれない。
****
『拝啓、田中太郎様
もしかして、あなたはわたしのことを迷惑だと思っていませんか? 「女の子なんて面倒くさい」って、相手をするのもばからしいって無視してるんじゃないですか?
わたしがあなたをニックネームで呼ぶのも、本当はイヤなんですよね?
そうでなかったら、あなたは何の感情も持たないロボットと同じです。名前さえ教えてくれないような、冷たい人に手紙を書いたって、わたしには張り合いがありません。
わたしの手紙はきっと、あなたには読まれていない。秘書さん止まりで、あなたは読みもしないでゴミ箱に放り込んでるに決まってます。
もしも勉強のことにしか興味がないのなら、今後はそうします。
学年末テストは無事に終わりました。わたしは学年で五位以内に入って、二年生に進級できることになりました。 かしこ
二月二十日 相川愛美 』
****
――こんなバチ当たりな手紙を出した報いだろうか。愛美はこの手紙が投函された翌日、四十度の高熱を出して倒れ、付属病院に入院することになってしまった。
* * * *
「――愛美、具合はどう?」
入院してから十一日後、愛美の病室にさやかがお見舞いにやってきた。
看護師さんにベッドを起こしてもらっていた愛美は、窓の外を眺めていた。今日は朝から雨だ。
「うん、まあボチボチかな。食欲も出てきたけど」
「そっか、よかった。――コレ、今日の授業でとったノートのコピーね」
「さやかちゃん、ありがと」
愛美はお礼を言いながら、さやかがテーブルの上に置いたルーズリーフの束を取り上げた。
――愛美は四日前には体温も三十七度台まで下がり、点滴も外してもらって、お粥だけれど普通食を食べられるようになった。
でも……、一つ気がかりなことがあって、それ以上病状がよくなってはいなかった。
「さやかちゃん、……郵便受けには今日も何も?」
「うん、来てないよ。あれからもう四日経つよね。そろそろおじさまも、何かアクション起こしてもいい頃だと思うんだけど」
「そっか……」
表情を曇らせて答えるさやかに、愛美はガックリと肩を落とす。
――愛美は医師の診察の結果、インフルエンザと診断された。入院してから数日は高熱が続き、おでこに冷却シートを貼られて点滴を打たれていた。
四日前にやっと熱も下がってきて、起き上がっても大丈夫になったので、〝あしながおじさん〟に自分が今インフルエンザで入院中だということを手紙で書き送ったのである。前回、あんなひどい手紙を出してしまったことへの謝罪も兼ねて。
「あんなことを書いたのは、病気で神経が参っていたからだ」と。
その手紙をさやかに出してきてもらい、もう四日。さやかの言う通り、そろそろ返事か愛美の容態を訊ねる手紙でも来ないとおかしいのに……。