婚約者に悪役令嬢になってほしいと言われたので
◇ ……………はい?
「ご自分の立場を弁えてはいかがかしら?」
「あ、あの……、ご、ごめんなさぃ…っ」
ほろり、と愛らしい瞳から宝石のような涙が一滴落ちる。微かに震える華奢な体を縮こませ、胸の前できゅっと拳を握りしめる姿は哀れで庇護欲をそそるだろう。
髪も瞳もキャラメルのような甘い色をしているし、その造作もお菓子のようなふわふわした愛らしい容姿に少女めいた澄んだ声音。なるほどまんま物語に出てきそうなヒロイン像だわ、なんて思いながら扇を口元で広げる。
殿下からの参考書、もとい預かった悪役令嬢が出てくる小説を読んでみると悪役令嬢には扇が必需品らしいのでわざわざ新調したのだ。思ったよりも使い勝手が良かったので重宝している。
「以後、気をつけて下さいな」
彼女に背を向けて歩き出しながらまぁこの忠告も無駄になるのだろうなと思う。すでに両手の指に足りる程に大小はあるものの同じようなことを言っているのに改める気がないのだもの。
しかも狙ったかのように彼女が粗相をするときってわたしの目があるときだから、注意しないわけにもいかないし。かつそこそこ人の目があるところなのよねぇ…ちなみに今も誰もいない学園の花壇。遠目で見たらわたしが虐めているようにしか見えないんじゃないかしら。これ、狙ってやってるのだとしたらすごいわよねぇ。是非ともその頭脳を他で使って欲しい。
こんなことを繰り返しているのだから彼女の信奉者達からは何やら悪様に言われているけれど、常識のある人達は味方をしてくれるので困ってはいない。むしろ心配をしてくれるぐらい。
殿下が関わるようになってから目に余る行為もし始めているし影響も小さくない。まだ許容範囲ではあるのだろうけど、これからも被害が拡大していくであろうことを考えるとそろそろ潮時なのだろうか。