秘密のカーテンコール〜人気舞台俳優の溺愛〜
叔父と柊木さんがしばらく世間話を続けていたため、私は奥に下がって皿洗いに勤しんだ。
ひと段落ついて表に顔を出すと、テーブル席のカップルは帰ったようで、店内には柊木さんひとりだ。
「悠真、明日オフだろう?」
「はい、久しぶりに。明後日は打ち合わせがありますけど、やっとのんびりできます」
「相変わらず忙しそうだからなあ」
「次はミュージカルなので、明日は家で予習ですね。譜面見ないと」
「じゃあまたしばらく来てもらえないか」
「すみません」
柊木さんはとてもストイックらしく、ミュージカルの現場中はお酒を一滴も飲まないらしい。
声帯が浮腫んで、声が出なくなることがあるのだという。
「といってもストプレの時も来ないじゃないか」
「声に影響がでるかもと思うと、なかなか」
拗ねたような口の叔父に、柊木さんは苦笑いを浮かべている。
確かに、商売道具を大切にするのは、一流の役者として当然のことだろう。
私の記憶のなかの母も、もちろんそうしていた。けれど。
「お酒は飲まずに、ご飯だけ食べにきたらいいんじゃないですか?」
思わず口を挟むと、柊木さんと叔父、二人にぽかんと見つめられる。
「あ、いえ。すみません」
自分の店でもないのに。
咄嗟に口元を押さえて、「何でもないです」と首を振る。
ところが、思わず食いついたのは柊木さんだった。
「いいんですか」
「もちろん。料理にだってこだわってるから。大歓迎だよ」
叔父は、にかっと笑って、ぽんぽんと柊木さんの肩を叩いている。
「もう今日は閉めて俺も飲むかな。柚、看板下ろしてきてくれ」
時刻は二十三時をまわっている。私は、はいはいと返事をして、扉にかかった看板をおろしに外へ出たのだった。
それから作ってくれていたパスタソースを温め、自分でパスタを茹でる。
叔父はカウンターで柊木さんと並んで飲んでいるようだ。
洗い物もほとんど終わってるし、ちょっと遅くなったけど食べ終わったら帰れるだろう。
バックヤードに戻って着替えると、ちょうどパスタの茹で時間を測っていたタイマーが鳴り響いた。
「柚、こっちで食べたら?」
キッチンスペースで腰掛けて食べようとしていたら、叔父に声を掛けられた。
一瞬躊躇ったものの、キッチンは狭いし食べづらいのは確かなので、お皿とフォークを持って表に出る。
「うわ、美味そう」
私が手に持ったお皿を覗き込んで、柊木さんが思わず、といった声を出した。
「食べます?」
「え、いいんですか?」
「全部は嫌ですよ」
正直に言うと、きょとんとした目とぶつかる。
「まさかそんなつもりじゃないですよ」という声を背に受けながら、小皿を取り出して、スプーンとフォークで半分ほど取り分けた。
「どーぞ」
「ありがとうございます」
にっこり笑ってお皿を受け取った柊木さんは、勢いよくパスタを食べ始めた。
「時間気にせず食べるんですね」
「んー、たまにはいいかなって。それに前回の公演中に結構体重が落ちちゃったんで」
羨ましい。
けど嫌味に感じられないほど、確かに柊木さんは細身だった。
なんというか、筋肉も脂肪もつきにくそうな人。
それでいて顔が小さく頭身が高い。
恐らく百八十センチ以上あるだろう。舞台映えしそうな外見だ。
カウンターに、柊木さん、叔父、私と並んで、各々が飲んだり食べたりしている。
なんか、変な感じ。
違和感の正体を掴もうとして、ああ久しぶりに父と叔父以外の演劇関係者と喋っているせいか、と思い至った。
「柚さんは、何のお仕事をされてるんですか?」
「んー、普通のOLですよ」
「じゃあ、明日も仕事?」
「はい」
パスタを食べ、アイスティーをぐいっと飲むと立ち上がった。
「そんなわけなので、お先に失礼します」
「ああ、柚、今日もありがとな」
「ううん、また明日ね」
食べたお皿とグラスをささっと洗うと、鞄を掴む。
「それではお先に」
「気を付けろよ」
「はーい」
「柚さん、パスタありがとうございました」
最後ににっこりと微笑まれて、ああ雰囲気の良い人だな、と思った。
もっとも、もう二度と会うこともないだろうけれど。
ひと段落ついて表に顔を出すと、テーブル席のカップルは帰ったようで、店内には柊木さんひとりだ。
「悠真、明日オフだろう?」
「はい、久しぶりに。明後日は打ち合わせがありますけど、やっとのんびりできます」
「相変わらず忙しそうだからなあ」
「次はミュージカルなので、明日は家で予習ですね。譜面見ないと」
「じゃあまたしばらく来てもらえないか」
「すみません」
柊木さんはとてもストイックらしく、ミュージカルの現場中はお酒を一滴も飲まないらしい。
声帯が浮腫んで、声が出なくなることがあるのだという。
「といってもストプレの時も来ないじゃないか」
「声に影響がでるかもと思うと、なかなか」
拗ねたような口の叔父に、柊木さんは苦笑いを浮かべている。
確かに、商売道具を大切にするのは、一流の役者として当然のことだろう。
私の記憶のなかの母も、もちろんそうしていた。けれど。
「お酒は飲まずに、ご飯だけ食べにきたらいいんじゃないですか?」
思わず口を挟むと、柊木さんと叔父、二人にぽかんと見つめられる。
「あ、いえ。すみません」
自分の店でもないのに。
咄嗟に口元を押さえて、「何でもないです」と首を振る。
ところが、思わず食いついたのは柊木さんだった。
「いいんですか」
「もちろん。料理にだってこだわってるから。大歓迎だよ」
叔父は、にかっと笑って、ぽんぽんと柊木さんの肩を叩いている。
「もう今日は閉めて俺も飲むかな。柚、看板下ろしてきてくれ」
時刻は二十三時をまわっている。私は、はいはいと返事をして、扉にかかった看板をおろしに外へ出たのだった。
それから作ってくれていたパスタソースを温め、自分でパスタを茹でる。
叔父はカウンターで柊木さんと並んで飲んでいるようだ。
洗い物もほとんど終わってるし、ちょっと遅くなったけど食べ終わったら帰れるだろう。
バックヤードに戻って着替えると、ちょうどパスタの茹で時間を測っていたタイマーが鳴り響いた。
「柚、こっちで食べたら?」
キッチンスペースで腰掛けて食べようとしていたら、叔父に声を掛けられた。
一瞬躊躇ったものの、キッチンは狭いし食べづらいのは確かなので、お皿とフォークを持って表に出る。
「うわ、美味そう」
私が手に持ったお皿を覗き込んで、柊木さんが思わず、といった声を出した。
「食べます?」
「え、いいんですか?」
「全部は嫌ですよ」
正直に言うと、きょとんとした目とぶつかる。
「まさかそんなつもりじゃないですよ」という声を背に受けながら、小皿を取り出して、スプーンとフォークで半分ほど取り分けた。
「どーぞ」
「ありがとうございます」
にっこり笑ってお皿を受け取った柊木さんは、勢いよくパスタを食べ始めた。
「時間気にせず食べるんですね」
「んー、たまにはいいかなって。それに前回の公演中に結構体重が落ちちゃったんで」
羨ましい。
けど嫌味に感じられないほど、確かに柊木さんは細身だった。
なんというか、筋肉も脂肪もつきにくそうな人。
それでいて顔が小さく頭身が高い。
恐らく百八十センチ以上あるだろう。舞台映えしそうな外見だ。
カウンターに、柊木さん、叔父、私と並んで、各々が飲んだり食べたりしている。
なんか、変な感じ。
違和感の正体を掴もうとして、ああ久しぶりに父と叔父以外の演劇関係者と喋っているせいか、と思い至った。
「柚さんは、何のお仕事をされてるんですか?」
「んー、普通のOLですよ」
「じゃあ、明日も仕事?」
「はい」
パスタを食べ、アイスティーをぐいっと飲むと立ち上がった。
「そんなわけなので、お先に失礼します」
「ああ、柚、今日もありがとな」
「ううん、また明日ね」
食べたお皿とグラスをささっと洗うと、鞄を掴む。
「それではお先に」
「気を付けろよ」
「はーい」
「柚さん、パスタありがとうございました」
最後ににっこりと微笑まれて、ああ雰囲気の良い人だな、と思った。
もっとも、もう二度と会うこともないだろうけれど。