秘密のカーテンコール〜人気舞台俳優の溺愛〜
「叔父さん! 柊木さんにお母さんのこと話したの?!」

 仕事を終えてウェルメイドに着くなり、キッチンで仕込み中の叔父のもとへ乗り込んだ。

「は? 何のことだ?」
「おととい、柊木さんに。あの人、お父さんのこと知ってるでしょ?」
「知ってるも何も、この前まで悠真が出てた舞台は兄さんが舞監(ぶかん)だよ。ちなみに美術は俺」
「そうなの?」
「ちなみに次回のミュージカルもそう」
「嘘でしょ……」

 確かに狭い業界だし、スタッフはみんなどこかで知り合いみたいなものなんだろうけど。

「大作の舞監受ける会社なんていくつもないんだから」

 あっさりとそう告げられて、ため息を吐くしかない。

 昼間に起きた事の経緯を説明すれば叔父も苦笑いを浮かべる。

「まあ、女優、天津(あまつ)(はるか)がスタッフと結婚したっていうのは、当時そこそこ話題になったからなあ」

 母、天津遥は、舞台を中心に活動する女優だった。
 テレビや映画にばんばん出るわけではないけれど、第何次演劇ブームとかいうさなかに所属していた劇団が、人気だったらしい。
 そこで主役やヒロインを演じていた母もそのまま有名になったらしく、劇団が解散してからも仕事は途切れなかったし、そこそこ大きな舞台にも出演していた。
 日本人にしては長身で、彫りの深い顔つきも相まって、商業の世界でも結構な人気があったらしい。

 一方、父は根っからの職人気質。
 舞監、正しくは舞台監督という仕事は、その名前から映画監督のような仕事と誤解されがちだけれど、仕事内容はまったくもって異なっている。舞台監督とは、要は舞台上で起こる、演技以外に関する技術的な事柄すべての責任者だ。
 大道具が動くのも、舞台上が真っ暗になるのも、そういう効果を決めるのは演出家。実際にその動作が行われるよう、指示を出し、動かすのが舞台監督の仕事。

 だから芝居を理解するために稽古期間から毎日稽古場に通うし、打ち合わせにも同席するし、公演期間中は必ず劇場に、それも舞台裏にいる。
 というか、舞監がいないと公演は打てない。

 と考えると、結果的に女優と同じ空間にいることも多いわけで。

 しかも仕事を熟す舞監というのは、きびきびと全セクションに指示を出すわけだし、スタッフの中では格好良いと憧れられるポジションだ。
 何か困ったことがあったら相談し合うから、キャストとの距離も近い。

 それでも表に出る人間の中でも花形のトップのような女優と、裏方の頂点のような舞台監督が、結婚まで至ることは珍しいらしい。
 だから二人の結婚は、当時随分噂になったそうだ。

 そしてその後、私が中学に入学するまでだから、十年以上は夫婦生活を送ったことになる。

「そりゃ、知ってる人もいるか」
「まあなあ」

 柊木さんはリアルに見聞きした世代ではないだろうが、誰か知り合いに聞いたら一発だろう。
 なにぶん狭い世界。噂も広まるのが早い。

 このことを聞かれるのが嫌で、私は父との関係をなるべく表に出さないようにしていた。父と同世代のスタッフさんには、それこそ昔劇場に遊びに行っていた名残で知られているけれど、もう関わらないと思っていたのに。

「悠真、柚のこと気にしてたからなあ」
「なんで?」
「さあ。まったく自分に興味を示さなかったからかな」
「何それ……」

 全く理解できない、と呟くと叔父は苦笑いした。

「演劇関係者にあんなにすげなくされることが珍しいからかな」
「だって私、関係者じゃないもん」
「じゃあ、いつも女にちやほやされてるとか」
「最悪じゃん……」

 にやりと笑った叔父を見ると、実際の柊木さんがどうなのか、本当のところは知らないけれど。

 最初の印象だと人当たりが良く、スタッフさんにも好かれるだろうなと思った。
 でも今日は私が嫌がっていることをわかっていながら、気にせず話を進めていくような、何となく強引な印象を覚えてしまった。

「まあもういいけどさ。会うこともないし」
「俺はもうすぐ顔合わせで会うけど」
「叔父さんにはそんな失礼なこと言わないでしょ」
「そりゃそうだ」
「あー、やだやだ。私は静かに生きたいんだから」

 私のぼやきに叔父は苦笑いしている。
 そうだ、私は注目されたくもないしマイペースに生きていきたい。
 人前で魂を削るような生き方は、母をみているようで、自分にはとても耐えられない。

 ウェルメイドには、演劇関係者や業界人、また役者志望の若者なんかが多く出入りしている。そこそこ名の知れた演出家が、見初めた役者と話し込んだりすることも多い。
 だけど私はそのすべてに興味を持たない。
 だからこそ叔父は臨時のアルバイトとして私を指名するし、また私自身ストレスなく淡々と仕事に集中できるのだ。

 だから今日も黙々と仕事に取り組んでいた。
 けれどそのさなか、彼は突然やってきた。
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