同期の姫は、あなどれない
 沈黙を破ったのは、姫の方だった。

 「どうして今日あそこに?いるとは思わなかった」

 どうしてあのお店に来たのか、という意味だろうか。
 姫からの問いが思いのほか核心をついていて動揺していると、さらに言葉を重ねた。

 「兄貴に会いに来た?」

 ――え?

 悟さん?なんで??

 まったくの想定外で、私が虚を衝かれて何も言えなくなったのを肯定と捉えたのか、姫は図星?と言いたげな目で自嘲気味に笑う。

 「この前もずっと顔引きつってたのに、兄貴と話しているときは楽しそうだっただろ。席に戻ってからもずっと楽しそうで、途中で席を離れたときはまだ居て欲しそうにしてたし。
 それだけでも苛々したのに『透子さんが羨ましい』って、そんなに会ったばっかの兄貴の方がいいのかと思ったら―――気づいたらあんなことしてた。悪かった」

 私は、ただ唖然として姫の言葉を聞いていた。

 あんなこととは、この間のキスのことだろう。
 あれ以来会っていなかったのだから、きっとそうだ。

 起こっていたことと認識のあまりの落差にめまいがして、どこからどう正せばいいのか分からない。
 それでも、掴んでいた姫の手が力なく離れそうになって、私は思わず掴み直した。ちゃんと伝えないと。

 「私、嫌じゃなかったよ?」

 姫の端正な瞳が、驚きで見開かれている。

 「今日あのお店に行ったのは、姫に会えるかもって思ったから。。会って、ちゃんと言いたかったの」

 姫は何も言わずに黙って聞いている、というより何も言えないみたいだった。
 普段めったに変わらない表情が、この短い間に目まぐるしく変わるところを初めて見た気がする。

 
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