同期の姫は、あなどれない
 姫はよろけていた私の体を立たせると、右腕を強く引いて走り出す。

 混乱した頭の中で、私はとにかく姫の背中を見て転ばないようについていくしかなかった。

 目の前には、発車ベルが鳴り響く外回りの電車。

 「姫待って、私こっちじゃないっ」

 姫は振り返らない。
 そのまま私たちは飛び込むように電車に乗り込んだ。

 すぐ後ろでドアが閉まると、ゆっくりと電車が動き出す。
 視界の端で、宇多川さんがこちらを呆然と見つめているのが見えた。


 「……ねえ、私このあと仕事なんてないよ」

 電車に乗り込んでからずっと黙ったままの姫に、私は小さくため息をついて呟く。

 「知ってる」

 「じゃあ、」

 「とりあえず座ったら。そこ空いてる」

 さらに言い連ねようとして、被せ気味に遮られた。

 姫がどうしてあのホームにいたのか、二次会を抜けてきたのか。
 聞きたいことは山ほどある。
 でも今はそんなことはどうでもよかった。

 「いい、次の駅で降りるから」

 少し冷静になった頭の中では、この状況に対して警告音が鳴り響いている。
 私は次の浜松町駅で降りるべく、掴まれたままだった腕を振りほどいた。

 とにかく次で降りないと。
 その時、私の顔のすぐ横に手を付いて、姫が耳元に顔を寄せた。

 「宇多川あいつとどこに行くつもりだった?」

 今まで聞いたことのない低いトーンに、体がビクリとする。

 目に掛かりそうなほど長い前髪の向こうに見える瞳は、冗談なんか微塵もないほど真剣で。
 少し、怒っているようにも見えた。

 「まだ帰りたくないなら、俺に付き合って」


 
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