同期の姫は、あなどれない
 爆睡する早瀬を前に、どうしたものかと思案する。
 終電を逃してもタクシーは呼べる。ただ、知っているのは家の最寄駅が吉祥寺ということだけで、正確な住所までは分からない。とにかく本人が起きないことにはどうにもならなそうだ。

 「早瀬起きろ、早瀬」

 少し強めに揺するが反応は変わらない。

 「まじか」

 俺は同じことをもう一度呟いて、その場に座り込んだ。
 あまりの無防備さに力が抜けるのと同時に、今日の自分の判断はあながち間違いではなかったのだと思い直す。


 宇多川(あいつ)が早瀬に気がありそうなのは、薄々感じていた。

 資料を配るとき、質問に答えるとき、打ち合わせ後の他愛のない雑談のとき。
 早瀬本人はまったく気づいていなかったけれど、そこに含ませた意味ありげな視線に違和感があった。それがパスケースの件で決定的になった。

 誰かれ構わず声を掛けるような遊び人なら、粉をかけても脈がないと分かればすぐに次へと移るだろうが、あれは違う。
 素知らぬ顔で策を巡らせて、優しさと善意の皮を被って近づく。ああいうのは、自分の思う結果が得られるまで粘着するタイプだ。

 とはいえ、今日は直前まで二次会に参加するとしていたのに、早瀬を追って駅に現れたときはさすがに驚いた。
 だいぶ強引だったとはいえ、自分の行動は間違っていなかったと思う。あのまま早瀬が宇多川(あいつ)について行っていたら、今ごろどうなっていたか分からない。

 向こうも俺と似た思考回路をしているから、この後仕事があるなんて嘘だと気づいているだろう。

 自分の思い描く通りに進まないことが続けば、人は苛立つ。それが他人の横槍のせいなら尚更だ。
 これであの男にとっての憤りの対象は、いつまでも自分に靡かない早瀬ではなく目障りな俺の方に向けられる。それでいい。

 
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