同期の姫は、あなどれない
 あれから丸2年が過ぎた。

 『今何してる?俺は家でひとり飲み中』

 賢吾は今年の年明け早々に、福岡にある九州支店への赴任が決まった。
 遠距離恋愛になって3ヶ月近くになる。

 支店が変われば雰囲気や風土も違うのかなかなか新しい環境に慣れるのが大変なようで、賢吾が電話で愚痴をこぼすことが増えていた。

 ただ、今日はメッセージの末尾に普段めったに使わない絵文字が入っていて、テンションが高いのが伝わってくる。どうやら一人気ままに楽しく飲んでいるみたいだ。

 『早く帰れたんだね、よかった。
 私は今日お昼にトラブルがあってまだ会社なんだ。今休憩中』

 この時間になると、リフレッシュルームにも人がいない。
 窓際の椅子を選んで座るとスマートフォンの通知が鳴った。

 『今日は直帰だから、たまたま定時で帰れただけ。俺は先週から残業続きで持ち帰りの仕事もあるし、ずっと忙しい』

 返信を読んで、浮上した気持ちが瞬く間にしぼんでいく。

 最近の賢吾との会話は毎回こんな調子だ。
 私が少し仕事の話をすると『自分の方が忙しい、大変だ』とさらに上から被せてくる。そしていつの間にか話の中心は賢吾に移っていて、私の話はどこかへと追いやられてしまうのだ。

 前に一度そのことを指摘したら『お前は彼女なのに全然労わってくれないんだな』と怒らせてしまい、私がごめんと謝るまで機嫌が直ることはなかった。それ以来、この話をするのはやめた。

 『そうなんだ、仕事忙しいんだね』

 返信を打ち込んで、私は思わずため息をつく。

 疲れていることも忙しいこともわかる。
 赴任先で新しい仕事も任されて頑張っていることもわかっている。
 私は、どっちが大変かとか、そういう話をしたいわけじゃないのに。

 『お前も休憩ばっかしてないで、さっさと仕事終わらせて帰れよ』

 (休憩ばっかって、何よ)

 お昼のトラブルから休み無しで、
 ようやく一区切りついたところなのに。

 せめてひとこと、お疲れ様、無理しないでって。
 それだけでいいのに。

 (こんなふうに思ってしまうのは、私のわがままなのかな……)


 『そうだね、そろそろ戻るよ。じゃあまた明日』

 結局言いたかった言葉は飲み込んで、
 当たり障りのない返信だけを打ち込む。

 送信。

 そして、既読がつくのを確認する前にスマートフォンの画面を閉じて、椅子から立ち上がった。


 
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