同期の姫は、あなどれない
同期の姫
 (そうだ、戻る前に何か飲み物でも買おう)

 私はリフレッシュルームの出入り口近くにある自動販売機の前で立ち止まった。

 どれにしよう?お茶はマイボトルで持ってきてるし、ミルクティーは飲み切れないかな。残業といえばエナジードリンク…さすがにやりすぎ?でも、このもやもやした感じをスッキリさせたい。。

 いつもはあまり悩まないのに、今日はなかなか決められない。

 あ、炭酸にしようかな。けどあんまり甘すぎないのは―――よし、炭酸レモンにしよう。
 ようやく決めて、私はいつものように電子マネーで買おうとジャケットのポケットに手を入れたとき、ICカードの入ったパスケースが無いことに気がついた。

 (あれ?何でないんだろう?)

 午前中の社外でも打ち合わせに行った時は持っていたはず。
 どうしよう、どこかで落とした?

 ICカードは定期券として買っていたから一瞬この後どうやって帰ろうかと焦って、財布があるからたぶん大丈夫だろうと思い直す。給料日前でそんなに手持ちはないけれど、片道の電車代くらいは入っている。

 でも最近それなりの金額をチャージをしたばかりだったから、失くしたダメージは大きい。
 ああ、なんだか今日はツイてない日かも――――

 「早瀬、独り言多すぎ」

 「ぅわあっ!!」

 不意に背後から声を掛けられて、私は反射的に声を上げてしまった。

 「あ、、(ひめ)……?」

 見上げると、そこに立っていたのは、同じ4年目の同期だった。

 名前は姫元樹(ひめもといつき)
 私は『姫』と呼んでいる。

 私が出した大声にも特に驚いていないのか、長い前髪の間から見える表情は普段と変わらない。

 「私、そんなに声に出てた?」

 「ああ、ずっと小声でブツブツと」

 やってしまった。
 電話しているわけでもなく、自販機を見つめながらずーっと独り言を言っているとか怪しすぎる。
 もうオフィスにほとんど人がいない時間でよかった。

 
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