同期の姫は、あなどれない
 翌週になっても、姫は会議室に缶詰のようで姿を見かけることはなかった。

 姫のこともプロジェクトのことも気になりつつ、自分の仕事をこなしているうちに金曜日になり、一週間があっという間に過ぎようとしていた。

 今週のどこかで先方の重役を含めての打ち合わせがあると言っていたはずだけれど、結局どうなったのだろう。四宮課長に聞いてみたかったけれど、今日は生憎1日外出だった。

 そうして、仕事を終えた私の足は『HALFMOON』に向かっていた。
 ここだったら、もしかしたら姫に会えるかもしれないと思いついて半ば勢いで来てしまったのだけれど、いざ入口の前に立つと足が止まる。

 前に連れてきてもらったとき、受付の男性が「またいつでもお越しくださいね」と言ってくれていたけれど、真に受けても大丈夫だろうか。

 お店の前で、やっぱり帰ろうかと悩んでいると、右肩を軽くぽんっと叩かれた。

 「やっぱり、ゆきのちゃんだ」

 「あ、悟さん!」

 立っていたのは姫のお兄さんの悟さんだった。

 「今日は一人で来てくれたの?」

 「はい、そうなんですけど……」

 「それならこんなところに突っ立ってないで、ほら入って入って」

 悟さんに促されてエントランスへと続く小道を歩くと、この前より少し緑の匂いが蒼く濃くなった気がする。
 もう夏なんだな、とそんなことを思っていると、やっぱりあの甘い花の香りも漂ってきた。

 「どうかした?」

 「いえ、この前来たときにもいい香りがしてたなと思って。何かのお花でしょうか」

 「あぁ、何だったかなぁ?そういうのは意外と樹の方が詳しいんだよね。母さんの影響もあるのかもしれないけど」

 名前も『樹』だしね、と冗談ぽく言うので私もつられて笑う。

 「今日は仕事帰りに寄ってくれたの?」

 「あ、、はい。ちょっとあの熱帯魚がまた見たいなと思って……」

 来た理由を正直に言うのは恥ずかしいので、私は咄嗟に思いついたそれらしい理由を告げる。
 悟さんはそうなんだ、たくさん見ていってね、と特に疑う様子もなく微笑んだ。

 
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