世界はそれを愛と呼ぶ



「……沙耶」

誰もいなくなった、部屋の中。
いつの間にか解けた手を、相馬は沙耶に伸ばした。

「おいで」

じわじわと、周囲を囲うように。
日々、平和に過ごす中で感じる、近づく足音。

「…………ただ、生きたいだけなんだけどなぁ」

「……」

ぎゅう、と、背中に回った手に力が籠もる。
正面から抱きついてきた沙耶はとうに慣れ、甘えるように、相馬の胸元に顔を埋める。

「どうして……どうして、放っておいてくれないの。……私は、やっぱり生まれてきちゃ」

「─沙耶、槙に接触したのはお前関係の人間じゃないかもしれないよ」

沙耶の口から言葉が零れる前に、相馬は口を挟む。

「でもっ、この街に入ってきてる!」

─今の沙耶にとって、何もかもが敵なのだ。
何もかもが敵で、恐怖の対象で。

「どうすればいいの……?私は高校に通っていいの?お父さんもお母さんも、お兄ちゃんたちの幸せも害するかもしれないのに……?」

周囲の大切な人間を巻き込むこと。
それが、沙耶にとってはいちばんの地雷なのだ。

(その運命が、俺の番として生まれたせいならば……)

途中まで変なことを考えて、相馬はため息をつく。
変なことを考えて足踏みしていては、沙耶と同じ。

沙耶のことを責めることなど、できやしないだろう。

「そんな目には遭わせない。守ると、言った」

「っ、相馬に、そんなに迷惑はかけられないよ」

「何故?」

「何故って……婚約だって!貴方は流れでしてくれただけでしょう!お父さんと関係があるから?そんなの、理由にならないわ。御園の利益にもならない」

沙耶は、泣いていた。震えて、もう限界と言うように。

「じわじわと、追い詰められている気分よ……どうして、あちこちに何かがあるの?ひいおばあちゃんが悪いの?私が悪いの?どうして、私は恨まれているの?お父さんの子供だから?だったら、お父さんが悪いってことなの?」

健斗さんを恨んでいる人間はいるだろう。
それは否定できないが、仕事柄、そういうのは当たり前。
相馬だって恨まれ、憎まれ、日常茶飯事。
─それが、上に立つ人間の日常。


< 151 / 170 >

この作品をシェア

pagetop