世界はそれを愛と呼ぶ
「……沙耶」
誰もいなくなった、部屋の中。
いつの間にか解けた手を、相馬は沙耶に伸ばした。
「おいで」
じわじわと、周囲を囲うように。
日々、平和に過ごす中で感じる、近づく足音。
「…………ただ、生きたいだけなんだけどなぁ」
「……」
ぎゅう、と、背中に回った手に力が籠もる。
正面から抱きついてきた沙耶はとうに慣れ、甘えるように、相馬の胸元に顔を埋める。
「どうして……どうして、放っておいてくれないの。……私は、やっぱり生まれてきちゃ」
「─沙耶、槙に接触したのはお前関係の人間じゃないかもしれないよ」
沙耶の口から言葉が零れる前に、相馬は口を挟む。
「でもっ、この街に入ってきてる!」
─今の沙耶にとって、何もかもが敵なのだ。
何もかもが敵で、恐怖の対象で。
「どうすればいいの……?私は高校に通っていいの?お父さんもお母さんも、お兄ちゃんたちの幸せも害するかもしれないのに……?」
周囲の大切な人間を巻き込むこと。
それが、沙耶にとってはいちばんの地雷なのだ。
(その運命が、俺の番として生まれたせいならば……)
途中まで変なことを考えて、相馬はため息をつく。
変なことを考えて足踏みしていては、沙耶と同じ。
沙耶のことを責めることなど、できやしないだろう。
「そんな目には遭わせない。守ると、言った」
「っ、相馬に、そんなに迷惑はかけられないよ」
「何故?」
「何故って……婚約だって!貴方は流れでしてくれただけでしょう!お父さんと関係があるから?そんなの、理由にならないわ。御園の利益にもならない」
沙耶は、泣いていた。震えて、もう限界と言うように。
「じわじわと、追い詰められている気分よ……どうして、あちこちに何かがあるの?ひいおばあちゃんが悪いの?私が悪いの?どうして、私は恨まれているの?お父さんの子供だから?だったら、お父さんが悪いってことなの?」
健斗さんを恨んでいる人間はいるだろう。
それは否定できないが、仕事柄、そういうのは当たり前。
相馬だって恨まれ、憎まれ、日常茶飯事。
─それが、上に立つ人間の日常。