世界はそれを愛と呼ぶ
─もう分かっている。
今更、違うわけがないのだと。
だって話をしている間、冬陽様を見ながら、悠陽のことを見てくれる奥様の瞳を、悠陽はよく知っていた。
【貴女は17年前、本当に一人だけを産んだのですか】
(……あの瞳は、母さんが俺を見る瞳。大切に、大切に、愛して、慈しむ目)
彼女は小さく首を振ると、悠陽を指差して、3、と、指で教えてくれた。
【俺達が、そうなんですか?】
─正直、賭けだった。
施設に出されている以上、捨てられていたことは間違いなかったし、施設の人間もそう言っていたから、不幸な事故が云々とかではないことは分かりきっていた。
産まなければ、産みたくなかった、そう思われているのだろう、夏陽を守れるのは、自分だけなのだ。
─そう思っていた生活の中で、助けてくれた、愛してくれた、守り、叱ってくれた新しい両親。
幸せな日々だ。今更、『要らない』と言われても、立ち直らないほど、苦しむことはないだろうと思う。
夏陽は何かに気付いていて、その確認へ消えたのだ。
でも、確認なら聞いた方が早い。
夏陽がいるなら、聞くつもりはなかったんだ。
傷つけたくない。…双子といえど、弟なのだから。
「……」
─彼女は小さく頷いた。
「奥様、あの銘菓食べたことありますか?」
悠陽は口では違うことを言いながら、
「ないわ。……でも、とっても美味しそうね」
合わせてくれるこの人が、と、なんとも言えない感情に支配されながら、【俺達は貴女にとって、必要ない存在でしたか】と問う。
「ええ〜人生、損してますよ〜」
悠陽がそう言いながら、差し出した質問紙。
彼女は目を通した瞬間、
「そんなわけないじゃない!」
と、声を上げた奥様。少し驚きつつも、
「そんなわけがあるんですよ〜あ、あと、あの銘菓もおすすめで……」
怪しまれないように会話を続けて、それに合わせてくれる奥様に感謝……嗚呼、でも、なんでかな。
否定されてもいいと思っていたのに、こんなにも泣きたい気持ちになっているのは。
「─……馬鹿、ひとりで奥様の相手なんかしちゃダメだろ。お前は馬鹿なんだから」
泣きたい情動を堪えていると、後ろから急にそう声をかけられ、飛び跳ねそうになった。
泣いているのを、現在の状況を、何も話していないのに把握しているような彼は、さすが双子とでも言おうか。
「ちょっ、失礼すぎない!?」
声は明るく保ちつつ、悠陽は夏陽に怒ったふり。
それを笑う奥様は笑いながら、泣いている。
「奥様は、書物をよくお読みになられるんだよ。そう聞いていただろ。お前は、お菓子について話しすぎ」
「お前が本の虫すぎんの!大体、双子で何でここまで違うわけ?」
悠陽は、自ら突っ込むタイプ。
夏陽は、盤上遊戯が大好きだから、意外と細かいところで違いが出てきているのだと、母さんは言っていた。
「奥様、ここに滞在の間、こちらの本をお借りしても?」
喚く悠陽を無視して、奥様に尋ねる夏陽。
そうして見せた本を見て、奥様は泣き笑って。
「─ええ、ええ、勿論。その本はね、昔、まだ幼かった息子に沢山せがまれて読んだの。懐かしいわ。とても良い本だから、あなた達にも読んで欲しい」
「ありがとうございます」
せがんだ子どもは、夏陽だった。
「そうだわ。悠陽くんには、私のお気に入りのお菓子を出してあげるわね」
戸棚から取り出される、素朴なお菓子。
口に含めば、懐かしい味。
「……ハハッ、すっごく美味しいです」
悠陽が笑うと、奥様も笑った。
「良かった。息子も大好きなのよ」
そう言いながら、一等、優しい瞳を和らげて。