世界はそれを愛と呼ぶ



「相馬の大切な子なら、勿論よ。私に任せて」

「ありがとう」

「良いのよ。気をつけて行ってらっしゃい」

相馬は小さく頷き、沙耶の頭を撫でると、すぐに飛び出していく。遠ざかる背中を眺めていると、

「部屋に行きましょう」

と、優しく微笑み、お姉さんが玄関を閉める。

「相馬は私を信頼して、ここに任せてくれたのでしょうけど……沙耶さんからしたら、不安よね。婚約者の家に放置なんて……ごめんね、複雑な家で」

「い、いえ!大きくてドキドキしてますが、何となく落ち着くので……」

「本当?貴女が未来に住むことになる場所だから、そう言って貰えると、とっても嬉しい」

沙耶は京子さんに導かれるまま、歩いた。
長い廊下。突き当たり、左右ある角。

広い玄関からまっすぐ、左側に歩いただけだ。
なのに、今、沙耶が歩く廊下の左手には硝子窓が広がり、見える箱庭。

車が止まったはずの玄関先の景色は、向かいの廊下で見えなくなっていて、迷子になりそうな家だと思う。

「複雑でしょう?さっきの玄関を正面から見て、左側にはね、玄関よりは小さな入口があるの。この先、突き当たりを左に曲がったら、箱庭の向こう側の部屋を覗くことは出来るのだけど……そこはね、あまり望まない、お客様のお部屋なの」

「客間ってことですか?」

「ええ、そういうことになるわ。そういうお客様が訪れる場合、箱庭が見えているこのガラス窓を塞ぐの。こちら側が見えないようにね。望まない客人に、私たちの生活を見せるわけにはいかないでしょう?」

「でも繋がっているなら……」

「大丈夫よ。だって、こちら側から向こうへは行けるけど、向こうからこちら側へは来れないようになっているもの」

「突き当たりを左に曲がって、部屋に行けるのに、ですか?」

「ええ。─身内ならば、ね」

「身内、……」

「そう。だから、沙耶さんも相馬と籍を入れたら、可能になるわ。鬼とか、契約とか、そういう話はもう知っているのよね?結界が貼られているのよ。私達以外を通さない、強力な結界がね」

突き当たりまできて、左側を見た。
また、突き当たりまで見える。きっと、あの2、3部屋が、望まぬ客を招き入れる客間。

「こちらのガラス窓を塞いでしまえば、この箱庭しか見えなくなる。そうするとね、望まぬ客は不服に思うの。だって、私達の生活圏が見えないから」

お姉さんはそう言いながら、右側、生活圏と呼ばれる方を見て、

「ほら。この障子、下側がガラスになっているでしょう?これを雪見障子と言うのだけど、向こうの部屋からね、見ようと思えば、覗けてしまうの」

と言って、雪見障子を開ける。

「まぁ、この畳の部屋はあくまで作業部屋だから、各個室はまだもっと奥なのだけどね」

広がる畳の部屋……雪見障子を開けて入り、真っ直ぐ、部屋の中心まで歩く。
左手にも雪見障子、下から覗けば、そこにもまた美しい花々が咲き誇っている。

「ここまで、他人が入ってくることは滅多にないわ。幼なじみとか、友達とか、婚約者くらいね」

彼女はそう言いながら、目の前の襖を開けた。
途端、20畳くらいの広い部屋が、3倍の広さに。
同じように、左側には雪見障子……彼女はまだスタスタと真っ直ぐ歩いて、襖を開ける。

「……遠くてごめんなさい。廊下を歩くのもいいけど、紹介がてら……次が最後の襖よ」

そう言って開けられた、三回目。

「すごい……ここが上座、ですか」

「そうね。入ってきたところが、下座になるわ。だから、相馬はこの1番奥の高い所、ここに座るの。貴女は妻になるから、ここ」

ニコニコ笑顔で教えてくれるお姉さんは、

「ここまで来たらね、私達の居住区なの。この上座の向こう側、これまでの襖じゃなくて、壁に見えるでしょう?実際、壁なんだけど……つまり、近道が出来ないのよ。だから、ここから出るの」

そう言って、上座に向かって左側の雪見障子を開けた彼女は、

「ほら、左側を見て?この上座の部屋の前の部屋……廊下はね、そこで終わってるの。だから、上座の部屋から出ても、左側にあるのは壁なのよ」

「廊下をわざと途中で区切ってるんですか?」

「ええ。侵入者を防ぐためにね。そうすることで、私達の居住地に入るには、外からかこの部屋からしか侵入できないようになっているの。玄関から右側に歩いていく道は、また今度案内したいわ。左側も適当だったけど……」

廊下に出て、行き止まりではない右側。
すぐ訪れる突き当たり。そこを右に曲がった彼女。


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