世界はそれを愛と呼ぶ
「この子はね、少し前に総一郎と両想いになってた。幸せそうだった。男達は言ったわ。幸せそうな姿は許せないから、と、命令だったとね」
「……」
「それが父親の言葉なのかどうかは分からないけど、誰の差し金かわからないけど。仁知華は服毒した。全てを忘れたがった。自分自身をこの世界から消したがった。この子の呼吸は、脈は止まったわ。仁知華は確かに死んだの。でも、総一郎はそれを認めなかった。私から仁知華を奪って、そのまま消えた。……暫くしてね、ちゃんと息を引き取ったと聞いたわ。一度目覚めたけど、全てを忘れていて、そのまま眠るようにって。特殊能力を持っているから、その遺体は特殊な方法で埋葬しなければ、大変なことになるからって、総一郎は知り合いに託したと言ったの。それがどうして?この子、生きてる。全部、全部覚えているの。虐待を受けていた頃の記憶も、あの最悪な夜も、全部全部全部!!!」
「……見たのか」
精神干渉の術を使い、千華はその記憶を共有した。
「だから今すぐ、総一郎を呼び戻して。総一郎と仁知華は戦線離脱させるわ。どうせ、春馬兄さんが戻ってくるでしょう。つまり、朝霧も帰ってくる」
「それはそうだが……」
「仁知華は、冬の能力者よ。この子にはここで折れられたら困るの。絶対、絶対幸せになってもらう」
泣きながら、仁知華を強く抱きしめる千華。
「私はこの子を守るって、この子の母親の代わりになるって、あの日、救い出した日に覚悟を決めたの。─これ以上、私の大切なものを奪われてたまるものですか」
……陽向は、その気持ちが痛いほどわかる。
最愛の妻が物言わぬ人形となった時、世界はなんて暗く、寂しく、地獄のようだと思っていたから。
「─総一郎兄さんなら、すぐに帰りますよ」
どこから手をつけようか悩んでいると、背後から声がした。振り向くと、着物を緩く身につけた相馬が困った顔で微笑んで、
「結界の内部にはいるようですから、術ですぐに帰るように伝えておきましょう。パーティーの正式な日程などは既に決定したので、その日までには回復してもらわないと……1ヶ月しかありませんが、まあ……ああ、先日のロシアとの契約の件ですが……」
気づけば、相馬の周囲には使用人が集まっていた。
ひとつひとつ言われた言葉に丁寧に返し、仕事の指示を裁き、厨房の使用人からは水差しを受け取る。