世界はそれを愛と呼ぶ
「─皇仁知華……兄さんの番……」
そして、そんな相馬は千華の腕に抱かれる仁知華の頭を撫でて、優しく微笑んだ。
「あの人にも、人を愛す余裕があって良かった」
「え?」
「総一郎兄さん、何故か俺にすごく罪悪感を抱いている様子でしたので」
「……」
「兄さんのせいではないのに」
自分の不幸とも呼べる生い立ち。それを、誰のせいでもないと無理して笑った幼い子。今は晴れ晴れとした表情で、やっぱりそれは、沙耶のおかげなのだろう。
「─あ、相馬。見っけ」
心から甥の成長に喜んでいると、聞こえた声。
この家にとっての救世主。相馬の最愛。
「沙耶。お前、もう起き上がれるのか?」
「え、うん。ピンピンしてるよ」
怠さなどもなく、元気いっぱいらしい沙耶は。
「ねね、明け方の話なんだけど、総一郎さんが戻ってきたら、私も会いたいな」
「え、なんで」
「多分、あの人、相馬だけじゃなくて、私にも罪悪感を抱いていると思うの」
沙耶はそう言いながら、相馬と同じように優しい瞳で仁知華を見て、その頭を撫でて。
「相馬と過ごしたあの部屋でね、少し昔の夢を見たの。懐かしい夢。いつも苦しむフラッシュバックの記憶じゃなくて、優しくて、温かくて、幸せだった日々の夢。その中で、何故かいるの。総一郎さんがね、私の頭を撫でて、『もう大丈夫だよ』って」
─陽向は1度も、総一郎を沙耶と会わせたことがない。
それどころか、1度も、健斗さんに会わせてない。
たまたまだが、そんな時間が、余裕が無かったから。
「その時、総一郎はひとりで……?」
陽向が尋ねると、沙耶は首を傾げた。
「ひとりではなかったですよ。未来視ができる友がいて、その子と一緒に会いに来たって言ってました。私は、彼の大切な弟を救ってくれる存在だって」
優しく頭を撫でられて、甘い飴玉をひとつ貰ったらしい。
「『もう大丈夫だよ』ってそう言われて、その瞬間、すごく辛かった体調が治った記憶があるの。飴玉は優しい味がした。でもそれは、総一郎さんにとっての誤算だった」
「誤算」
「相馬の血を使って、様々な術を施して、私の絶えるはずだった生命の全てをつなぎ止めた秘薬。それこそが、彼がくれた飴玉だったんです。後日、泣いていた姿を見ました。謝られました。『君の人生を縛り付けるつもりではなかったのに』と」
どうして、急にそんなことを思い出したのか。
どうして、これまで忘れていたのか。
「これまで忘れていたのは恐らく、私の人生において、そんなことは些細な問題だったから」
沙耶は相馬に身を預け、幸せそうに笑う。
「逆に言えば、そのお陰で私は今も生きてる。誘拐されたり、殺されかけたり、色々なことがあったけど、奇跡的に生き延びてきた。─相馬の元へ辿り着くために」
「……」
「私の人生は不幸で終わらなかった。その秘薬があったから、私は今も生きている。誰かに、相馬に愛される喜びを知って、今も幸せを感じている」
傷を負った。心身ともに傷を負って、ボロボロになって、泣き暮らし、多くのものを傷つけてきた。
それでも、生きていたから。そこで物語は終わらなかった。これから先も、幸せになるための道が歩めるのは。