空に還る。
「これ。持っとって。できれば僕ば忘れんで」

国民服から引き千切るようにして渡された、布地の名札。
きっちゃんのフルネームと住所が書かれている。

「…………忘れてって言われても忘れられるわけなか。きっちゃん、また逢えるばい。絶対に。また…来世でもよかけん、また私に逢って…」

溢れ出る涙を止める術なんか持っていない。
顔を覆おうようにして泣き崩れた。



「名札の滲んでしまうやろ」って、きっちゃんは笑った。

かのちゃんが言った通り、雨が降り出した。
灰色の分厚い雲。
あの原爆投下の日とは違う、透明の雨。

石の上にしゃがんで、ゆっくりと目を閉じるきっちゃん。

私と琴音、サコソウは強く手を握り合った。

「さよなら、きっちゃん」

きっちゃんは応えなかった。

私のお別れを合図にするみたいに
空がピカッと強く光った。

落雷。

近くはないけれど、どこかに落ちた雷は轟音だった。

ギュッと目を閉じる。

開けた視界のその先に、きっちゃんはもう居なかった。
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