取引婚をした彼女は執着神主の穢れなき溺愛を知る
 大藤神社で働いているなら、わざわざ小さな神社に婿入りする必要はないと思うのだが。
 だけどその疑問をぶつけるのは早い気がして聞けずにいた。

 到着した自宅は玄関が開きっぱなしで、父と誰かが話している声が聞こえる。
 来客だろうか。もう少しあとで入った方がいいかな。

 迷っていると、ひょい、と男が顔をだした。五十過ぎだろうか、黒いスーツを着ていて、髪にはまだらに白髪が混じり、鋭い目がさっと優維の全身を走る。

「お嬢さん、お帰りなさい」
 にたあ、と笑う男の猫なで声に、優維の背筋が凍った。
 一目で筋ものとわかった。隠しようもない陰の気、そういう翳りを背負っている。

杜澤(もりさわ)さん、娘は関係ないので」
「関係ないってことはないでしょう」
 慌てて出て来た父に続き、男は言う。

「娘さんが大事なら、なおさらきちんと話しましょうよ。娘さんがうちの息子と結婚すればすべてチャラ、神社の未来も安泰ですよ」

 粘着質な声で、耳をねっとりと汚すかのようだった。
 声に、言葉に、嫌な予感ばかりがわく。
 結婚とは、チャラとは、どういうことだろう。

「帰ってください。期限までにはまだ時間があります」
「二千万、一週間で返せるんですか? こちらとしては、返済が楽になるようにご提案申し上げているだけなんですがねえ?」
 男はにたにたと笑う。
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