「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
 猫が飛び出してきたときに、驚いて変に足をついてしまったらしい。ただ今そんなことを言っている暇はない。女の子の怪我の方が明らかに重症だ。

「名前はいえるか? 歳は? あのお姉さんが持っている鞄の中身、あとで確認していいか?」

 男性は女の子にいろいろと話かけながらも、ますますスピードを上げている。

 必死になって背中をおいかけていると五分もしないうちに、病院の救急窓口が見えてきた。

 かなり細い路地を通った。救急車やタクシーだともっと時間がかかっていたに違いない。

 救急の待合室の椅子に女の子を座らせると、彼は私を振りむいた。

「その子、見ておいて。それからその鞄の中に身元がわかるようなものが入っていないか確認して」

「はい」

 私に指示を出すと、男性は救急受付に向かう。

「六歳の女の子。自転車で走行中路上で猫に驚いて倒れ、左腕、手首を負傷の様子」

 ずいぶんと的確に話をするなと感心しながら、私は自分の言われたことを思い出し女の子に確認を取る。

「鞄の中見せてね」

 了承を得て中を確認する。するとキャラクターものの小さなお財布と、子ども用の携帯が発見された。

「おうちの人に私から連絡してもいい?」

「ママ……ママ……」

 それまでなんとか痛みに耐えていたものの、母親を思い出したのか泣き出してしまう。

「大丈夫だよ。一緒にいるから頑張ろうね」

 ぽろぽろ流れる涙を見ながら、女の子の携帯の着信履歴からママを表示させて連絡する。

「私、一ノ瀬と申します。お嬢さんが自転車で転んでしまいまして――はい」

『そんなっ!』

 受話器を通しても焦った気持ちが伝わってくる。

「検査はまだですが手がひどく腫れていて――」

 説明をしていると、男性が戻ってきて交代するように言われた。

「お電話変わりました。私南雲(なぐも)と言います。緊急を要すると判断してお嬢さんを病院にお連れしました。現在はまだ診察まちの状態ですが骨折の疑いがあります。至急こちらにおこしいただけますか?」

 男性は私よりもよほど適格に状況を伝えてくれている。

「落ち着いてください。何もないと判断するためにこれから診察しますから」

 子どもがけがをしたと聞いて、相手もパニックになっているようだ。彼は声をかけて落ち着かせている。
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