「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
「ははははっ」

 突然の笑い声に、私は驚いて顔を上げた。

 こんなに豪快に笑う人だったんだ。

 親切な人だとは思っていたけれど、小さな子を前にしてもぶっきらぼうなままだったからこんなふうに声を上げて笑うイメージがなかったせいか驚いてしまった。

「安心していい。帰り道だから、俺が案内するから」

 彼はポケットに手を突っ込むと、さっさと歩きだした。

 その後ろ姿をぼーっと見ていたのだけれど、彼が振り向いて「来ないのか?」と声をかけてきてようやく我に返った私は、慌てて彼を追いかけた。

 現場に放置していたはずのキャリーケースだが、自転車をお願いした近所のおばあちゃんが預かってくれていた。

 私たちが現場に到着して周囲を見渡していると、すぐに出て来てくれたのだ。

「よかったわ。置きっぱなしになっていたから心配していたの。女の子はどうだったの?」

「ケガはしていましたが、元気にご両親と帰りました」

「よかったわ。あなたたちもおつかれさまね」

「はい。お世話になりました」

 私はキャリーを受け取り頭を下げ、現場を後にする。

「駅は向こうだけど……たどり着くまではちょっと大変そうだな。その足じゃな」

「えっ、気が付いていたんですか?」

 実は安心したせいか、くじいていた足が少し痛むのに今になって気がついた。

 それでも彼にはきづかれないように必死になって歩いていたつもりだったのだけれど。

「俺も医者の端くれだからな。腫れてはなさそうだが」

「少し違和感があるくらいです。だから大丈夫だとは思うんですけど」

「人混みにキャリーケースか。ちょっと負担じゃないか? かといってタクシー呼んでも今日はどうしようもないだろうし」

 大通りを通過している人たちの歩みを見ると、本当にぞろぞろとしか移動できていない。

 その中にキャリーを引いて足を庇いなが歩くのは、現実的ではない。

「少しどこかで時間をつぶします」

 東京行きの最終まではもう少し時間がある。

「それなら、つき合う」

「えっ!?」

「嫌なのか?」

 彼の言葉に慌てて、胸の前で手を振る。

「めっそうもない。でもこれ以上ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」

「君に迷惑をかけられた覚えはないが」

「いや、でも」

 申し訳ないからと再度断ろうとしたのに、さっさと彼が歩きはじめた。今日こうやって彼の背中を追うのは何度目だろうか。
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