「「完全なる失恋だ」」と思っている夫婦ですが、実は相思相愛です!~無愛想な脳外科医はお人好し新妻を放っておけない~
「そういえば、君も飲まず食わずだったな」

「はい、今気が付きました」

「俺は職業柄よくあるけど、君は大変だったな」

「でも、こう見えても普段は立ち仕事がメインですし、なかなか休憩がとれないこともあるので大丈夫ですよ」

 力こぶを見せるしぐさをすると、彼が目を細めて笑った。

 うん、いい。すごくいい。

 気難しそうに見えたけれど、笑顔がすごく素敵だ。一瞬だから見逃さないように気をつけなくてはいけないけれど。

 運ばれてきた食事を前に、ふたりで舌つづみを打つ。昨日の旅館で食べた海鮮もおいしかったが、ここのお魚も新鮮で美味だ。

「ん、おいしい」

 刺身も煮つけもおいしくて、食べるたびについついうなってしまう。

 彼はそんな私の方に、そっとお皿を寄せてもっと食べろという。私もお言葉に甘えて、遠慮せずにいただく。

「思っていたよりも、お腹がすいていたみたいです」

 勧められるまま、結構食べた。

「他には? もっと食べるか?」

「いいえ、もう十分です。ありがとうございます」

 南雲先生との会話が思いのほか楽しかった。決して言葉が多いわけではないけれど、聞き上手なせいか一緒にいてとても心地がいい。

 そのせいか時間があっという間に過ぎる。

 腕時計を確認した。早めに駅に向かわないと、終電の時間に間に合わなくなってしまう。

 私は最後に化粧室に向かって席に戻った。

「あれ?」

 ぐるりと周囲を見渡すと、南雲先生がレジの前に私のキャリーを持って立っていた。

「行こうか」

「え、いえ。ここから駅までならひとりで行けますし。あのお会計を」

 私がバッグから財布を取り出そうとすると、彼が止めた。

「いい思い出にして帰ってほしいから」

 そういってまた先に歩き出した。

「足は?」

「はい。ゆっくりしたおかげで大丈夫そうです。ご心配をおかけしました」

「これでも医者だからな」

「ずっと立派なお医者様でしたよ」

 きちんとした指示や女の子のケア、ご両親への対応も私ではできなかったことだ。

 帰りがけにハプニングはあったけれど、今すごく満足している。思い出に残るいい旅行だ。

「ん、なんだか人だかりがすごいな。ちょっと君はここで待っていて」

「はい」

 キャリーケースを置いて、南雲先生は人だかりの中に向かっていく。
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