だって結婚に愛はなかったと聞いたので!~離婚宣言したら旦那様の溺愛が炸裂して!?~
 ある日、兄から誘いを受けて、休日の昼過ぎに最近できたばかりのカフェに来ていた。

「紗季。こっちだ」

 すでに席に着いていた兄が、入口に私の姿を見つけて手を振る。
 店員の案内を断わって、そちらへ進んだ。

「このお店に男ひとりで入れるのは、さすがだわ」

 苦笑しながら、彼の向かいに座った。
 外装も内装も明るくポップな色遣いで、見るからに若い女の子向けのお店だ。周囲には、高校生くらいの子もいる。

 仕事人間な兄は、いつだってそんなことはかまいやしない。市場調査のためなら、どんなお店だろうとためらわずに入れてしまう。
 そして、確実に私好みのメニューがあるお店をチョイスしているのは気づいていた。

「俺が呼び出したんだから、今日は奢りだ。紗季の好きなものを頼むといい」

 それなら遠慮はいらないと、お店一押しのガトーショコラをオーダーする。
 兄が選んだのは、複数種類のベリーが敷き詰められた見た目もかわいらしいタルトだ。ガッチリとした大柄の彼にはどうにも不似合いだが、やはりまったく気にしていないらしい。

「あれ以来、つきまとわれていないか?」

 兄には、真人との一件を話してある。

「彼、ほかにもいろいろしていたみたいで、他県に異動になったの。だからもう大丈夫だよ」

 食べ始める前に、小さくカットしたケーキを兄の皿に乗せる。これも彼の市場調査の協力だと大義名分を掲げて、気になっていたタルトを私もひと口もらった。

 兄にはマンションを引っ越す際にも協力してもらったし、心配させてばかりで申し訳なく思っている。

「それならよかった。助けてくれた桐島さん、だったか? そちらもきちんと礼はしてあるな?」
「それが……」

 お茶すらおごらせてもらえていないのが現状だ。そうかといって、なにか物を渡すのも今となっては他人行儀すぎる。そもそも、なにを渡せばいいのか考えもつかない。
 あれ以来、何度か食事に出かけているがいつもごちそうになってばかりだと明かす。

「女性におごらせるわけにはいけないと考える、紳士な人なんだろう」

 それなら仕方がないと苦笑する兄に、彼が桐島グループの人間で関連会社の社長を務める人だと明かす。

「なんだか、ますますきちんと礼をしておかないと怖い気もするな。俺で協力できることがあれば、いつでも言えよ」

 それから近況報告をし合って、一時間も経たないうちに席を立つ。相変わらず兄は忙しくしているようで、今日はこの後自分の店に顔を出すのだと話していた。

「なにかあったら、遠慮せずに連絡してこいよ」
「うん」
「じゃあな」
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