イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
「湊さんがどう思っているのか分かりませんが、私にそんな提案を出すという事は、本人が首を縦に振ってくれなかったから私のところに来たという事ですよね? 私としては、父親でもないのに、お願いされてない上で首をつっこんでいいとは思いませんよ」
「っ……もう相手は私の娘と決まっているんだ。私の娘は矢野君と長い付き合いだから、最近知り合った君が口を出す事ではない。それが分からないのであれば、なおさら君には身を引いてもらうしかない」
私の娘……やっぱり、それは早瀬さんの事?
もしかして、私があの時断ったからこの人が出てきたのでは?
「それを決めたのは一体誰です? それなら私のところよりも彼のところに行くべきじゃないんですか?」
「っ……」
「人間誰しも、自分の人生は自分で決める権利があると私は思います。それなのに、家族でもない他人にレールを引かれて、その通りに進まないといけないなんて、私は御免ですね」
「君はっ……」
警視長が何かを言いかけたその時、この部屋のドアが音を立てて勢いよく開いた。開けた人物は、ちょうど今話題に出てきた彼だった。
「……早瀬警視長」
「矢野君か。たった今事情聴取が終わってね、そろそろ……」
いきなり態度を変えた警視長さんに対し、机の上に置いてあったカードをちらりと見た湊さんは……鋭い視線を警視長さんに向けていた。何となく、私もしり込みしてしまいそうになる。
何となく、私の知らない湊さんがそこにいるように感じた。
湊さんは、靴を鳴らし足を速めて私の隣に立つ。
「勝手な事はしないでいただけますか」
「勝手な事、とは?」
「見ればすぐに分かりますよ。そのカードは何ですか」
さすが警察官。すぐに分かったらしい。じゃあ、この人が娘を紹介しようとしている方で正解だったという事か。
「この際ですから、はっきり言います。私は、将来を共にする相手は自分で選びます。ですから、貴方の娘と結婚するつもりは全くありません」
「何を言っているんだい。私は、君の将来を見越して……」
「私の将来は自分で決めます。誰と結婚するかも、これからどういう身の振り方をするのかも、本人の勝手でしょう。それこそ、警察官を辞する事も本人の自由です」
えっ……
それを聞いた瞬間、自分の中の時間が止まったように感じた。
「っ……君は、自分の能力を無駄にするつもりかっ!!」
「それは本人の自由です」
彼は、危険な仕事でもある警察官の、エリートの警視。そんなに高い地位に立つのは、並大抵の覚悟では無理だと思う。
それなのに、例えばの話ではあるけれど、辞めるなんて言葉が彼の口から出てきた。
では何故、そんな言葉が彼の口から出てきたのだろう? 娘を紹介してくるこの人のせい? でも、この状況を作ったのは……私だ。
私は、もうそろそろでアルバイト期間が終わり、お役御免となる存在だ。そして、彼とは関係がなくなり普通の日常に戻る。そんな私が引き起こしてしまった。
私の、せいだ。
最終的には、後悔しても知らないぞという警視長さんの言葉で締め括られた。そして部屋を出ていき、私と湊さんだけが残された。
「怪我は」
「あ、ありません」
「そうか……送る」
「あの、お仕事中、では?」
「気にするな、休憩時間だ」
本当だろうか。
でも、彼にどう接すればいいのか分からず、そのままお言葉に甘えることにした。
今ではもうよく知った車の助手席に座り、シートベルトをした。そして、彼が運転席に座り、車が動き出した。いつもなら、ここで会話が繰り返される。だけど、今日だけは車内は沈黙を貫いていた。
そして、私の脳内にはこの前私の家に来てくれた時に彼が語った、警察官を志す事になった時の話。
……私のせいだ。
そして数日後、私のアルバイト期間が終わりを告げたのである。