イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
けれど、彼が話し出すそのタイミングで……着信音が鳴りだした。それは彼のスマホで、断りを入れて電話に出た彼の顔は少しして歪んだ。一体どんな電話なのだろうか。でも、きっと仕事の電話だと思う。
通話が終わり、彼は気まずそうに私を見た。
「……悪い、呼ばれた。この件に関しては後日改めて話をしよう」
「……早く行ってください。仕事ですよね」
「瑠奈」
「……」
やっぱり、彼は本当に多忙な人だ。この年齢で警視。本当に、すごい人だから……私は一緒にいてはいけない気がする。
けれど、彼は自身の目の前に置かれた腕時計を、私の目の前に移動させた。そして、注文していた残り少しのコーヒーを飲み干す。
「送る」
「……いえ、これ飲み終わってから一人で帰ります」
「……そうか」
またな、と言い残し行ってしまった。
呆気なかった、と思ってしまった。もう、アルバイトは終わってしまった事に実感が持てなかった。
ここは個室。周りに誰もいないからとても静かだ。余計、寂しく思ってしまう。
けれど、これ、どうしよう……
目の前の腕時計は、最初は彼のものだった。だから、返すって言ったのに……持って帰れとでも言いたげに目の前に置かれてしまった。これだと、持って帰るしかなくなってしまう。でも、またなと言われても会いたくなくなってしまっている自分もいる。
自分の気持ちを考えると、余計会いたくなくなってしまう。
はぁ……と静かなため息を吐いていた、その時だった。
「あら偶然。瑠奈ちゃんもここにいたのね」
「ぇ……」
個室に顔を出した人物、それは……早瀬さんだった。とても上機嫌で部屋に入ってきては私の隣に立ってきた。
私は、もう彼の彼女役じゃない。なら、どうしたらいいだろう。
「どう、して、ここに……?」
「言ったでしょ、偶然って。それで、もしかして湊君に置いてかれちゃったの?」
そう言いつつ、私の目の前にある時計を取った。
「浮気バレちゃったの? じゃあ別れ話でもしたのかしら。どうなの?」
「……」
「湊君は優しいものね、浮気者の貴方にまで情けをかけてくれるなんて。それとも……泥棒が取ったものなんてもういらない、とでも言われた?」
「……」
「そっくりよね、浮気者の母親と」
早瀬さんのその言葉に、目を見張った。どうして、彼女の口から母の事が出てくるの……? 貧乏人だという事も。
「パパにあんな口きいて、ただで済むわけないでしょ。ほら」
そう言って目の前に出されたスマホ。その画面には……見知らぬ女性とよく知ってる男性、そして小さな男の子が楽しそうに微笑む写真が映っていた。……その中には、私と血のつながった、父親の姿。