青い便箋
 遥香は陸上部へ入部した。
 色々と悩んだあげく、中学でもやっていた陸上部にそのまま入ることに決めたのだが、練習内容はそこそこきついものであった。
 陸上部の3年生は皆、真面目で賢そうな、近寄りがたいオーラを放っていた。
 怖いわけでも意地悪なわけでも決してない。3年生に女子部員がいないため、なおのこと近寄りがたく感じてしまう。男子の部長・副部長が全種目の練習スケジュールを管理し、顧問がいない時は、3年生が中心に指導や説明を丁寧にしてくれる。だけど、先輩後輩関係なく、気軽に話したりふざけたり…といった様子は見えない。
 しかも今年の新入部員は遥香を含めて女子は3人しかおらず、遥香は短距離、他の2人は高跳びとやり投げのフィールド競技希望で、練習メニューも始めの基本メニュー以外は異なる。
 女子の陸上部員は、遥香を入れて7人。遥香と同じ短距離は2年の先輩1人しかいない。
 馬が合う先輩なのかわからないが、あまり音楽には関心のなさそうなイメージの、やはり真面目そうな先輩だ。遥香は、なんだかいきなり孤独を感じ、憂うつな始まりとなった。
 とても軽音部のことを色々話したり聞いたりできる空気は感じない。失敗したかも…遥香の心はずっしりと重たかった。

 市内でも上位に入る進学校と言われているこの高校を受験することは、横崎高に入ると決めた当時の遥香にとって学力的にハードルは高く、かなり厳しい状況だった。
 親に頭を下げて塾に通わせてもらい、これまでにないくらい猛勉強した。絶対に入学するため、身が削れそうなほど頑張り、夢にまで見た横崎高合格を手にした。だから部活くらいは少し楽なものを…願わくば帰宅部を選択したかった。
 軽音部に入れば、先輩と関わることができる手っ取り早い方法であることはわかっていた。
 だけど、遥香には音楽の授業で使う小型の楽器しか経験がない。音楽は好きだし、自分が弾き手というのも憧れる。ただ、1から教わってまともな音を出すまでにどれだけ時間がかかるか…音楽系の習い事はしたことがないし、自分に楽器のセンスがあるとは思えない。練習に必死で、音楽を楽しむことができないまま、先輩の近くで、カッコ悪い姿をさらす自分を想像すると、とても軽音部の扉を安々と叩く勇気が出ない。
 
 帰宅部が許されないこの学校は、なにかしらの部活動に所属することが必須とされていた。
 遥香は、部活動申請提出期限ギリギリまで悩み、葛藤した挙句、結局中学の時と同じ陸上部で申請したのだった。
 そして、自分が選択した陸上部の現状と雰囲気を知り、明るい未来を感じられないまま、部活動はスタートした。
 入部後の練習開始前、これから始まるきつい練習に絶望感と拒絶感を抱きながら、こんなことなら、完全な初心者で、恥を晒しても軽音部に入ったほうがマシだったんじゃないかな…そしたらライブに行ける権だけはもらえたかもしれない…もうどうにもならないことをブツブツと、後ろ向きにしか考えられない暗い気持ちでグランドの地面を見つめながら、抵抗する体を無理やり単調なジョグで渋々ほぐす。
 校舎の3階1番奥の視聴覚室付近から流れてくる、聴き憶えのあるJーPOP曲が遥香の耳をかすめる。
 軽音部の音…?
 地面から響いてくるドラムとベースの重低音、キュルキュル…と速弾きのギター、すっきりとした軽快な切れ味のキーボード、その前奏に乗って流れてくる正確な音階を刻む、澄んだ綺麗な声と心地良い高音。
 …先輩?先輩だ!BREEZYだ!
 それがわかると、急激に遥香の全身にやる気がみなぎってきた。
 息は上がり続け、苦しいインターバルダッシュ数本の後、ふらふらな足と超高速で鼓動を打ち続ける心臓に再び力を与えてくれる。
 こんな形で、BREEZYの音、先輩の声を聴きながら走れる楽しみを見出だすことができるなんて。
 この選択は失敗ではなかった。
< 4 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop