青い便箋

 校内で、高杉先輩に会える確率は極めて低い。
 学年が違うんだから、そもそも難しい。
 文化祭体育祭、避難訓練のような全学年行事以外では、朝の登校時と全校集会、教室や体育館移動の時くらいしかチャンスはない。
 
 朝の登校時間はもちろん、何度もチェックした。
 朝に会えたら、これほど素晴らしい1日の始まりになることはない。
 だいたい何分頃に高杉先輩は登校するのか、時間を少しずつずらし、淡い期待を毎日抱きながら登校し、調査した。
 遥香は、鐘が鳴る10分前に着席できるように逆算して家を出る。遥香の家から学校までは自転車で20分だ。
高杉先輩の出身中学は、遥香の中学とは逆方向の離れた校区であることを、バドミントン部の祐子から教えてもらった。バドミントン部でも高杉先輩ファンは数人いるようで、そのファンが話していたと言っていた。
 調査期間の間、自分の登校する時間より3分ずつ早めて家を出、最終的には1時間前に学校へ到着するまでに至った。それでも会えないというこの数日間の調査結果が出た時、そもそも朝が不得意だった遥香の心は、ぽっきりと折れてしまった。
 早く学校へ着いても、何もやることがなく、渋々勉強をするという優等生を一度だけ味わった。調子が狂う。先輩に会えるとわかってのこの時間なら、喜んで朝勉も頑張るだろうに…。翌日からすぐにいつも通りの時間に戻した。
 しかしその後、奇跡的に一度だけ玄関前にいる先輩を発見した。
 それはテスト期間中の初日であった。テスト期間ということもあり、20分早く学校へ着くように行った日だった。幸運を手に入れたその日は、絶好調だったことは言うまでもない。
 翌日も同じ時間に登校したが、数分時間を潰しても高杉先輩は現れなかった。その日のテストはボロボロだったことは言うまでもない。
 翌日のテスト最終日も同じく20分前に登校し、自転車置き場から玄関までをゆっくり歩き、ゆっくり上履きを履いた。上履きを履いたものの、意味もなくその場にぼぉっと突っ立っているのも、なんだか気まずい。先輩の下足箱の位置をチェックしたいけど、1年生がうっかり間違うにしても、3年生のエリアにいるのはやはり不自然過ぎる。ストーカー紛いな要注意人物にはなりたくない。渋々諦め、最悪な心情で最終日のテストを受けたことは、やはり言うまでもない。
 かなり早い派なのか、遅刻ギリギリ派なのか?特に決まった時間はない、その日起きた時間で登校するバラバラ派なのか…会うことができたのはその一度だけ、それ以降は一度も朝に会うことはできなかった。
 
 全校集会は、1年と3年では距離が遠く、見えたとしてもその姿は小さくて、すぐに誰かと姿が重なってしまい、見えないことがほとんどだった。校長先生の話を一応聞きながら、身長と視力が伸びるんじゃないかと思うほど姿勢よく背筋を伸ばし、校長先生の方向ではない方向の遠くに目を凝らす。
 全校集会のある日は、オペラグラスを忍ばせようと何度思ったことか知れない。

 高杉先輩と廊下で偶然すれ違うことができたのは、この1年で3回あった。
 遭遇すると、遥香は取り乱し過ぎて平常心を失い、後の授業はうわの空という支障をきたす。
 すれ違う瞬間が、距離的に一番近くで先輩を見られる瞬間だ。至近距離で先輩のお顔を拝見できるその破壊力は、遥香に凄まじいダメージを食らわす。
 先輩に遭遇したすべての回、遥香は声が出なくなる症状に見舞われ、紀子、美穂、祐子の3人は毎度、遥香のその幸運に遭遇する度、被害を被る。
 飛び跳ねながら無言で喜び、暴れる遥香に、バシバシと歓喜の平手連打を上半身に浴びせられる。
 3人の友は、「ハイハイ」と受け流しながら、遠ざかっていく先輩の背中に後ろ髪を引かれっぱなしの遥香を、始業時間に間に合うように無理やり引っ張っていかねばならない面倒を強いられていた。
< 6 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop