青い便箋

 毎日、高杉先輩を探し、見つけ、騒ぐ日々だった。
たった1年間ということは、この学校を目指した時からわかってはいたけど、会いたさ一心で、正直あまり気にしていなかった。先輩が卒業した後のことは、さらに後回し…というより、そこまで考えていなかった。しかし、もう猶予はない。
 3年生の三学期は、試験や補習で登校する生徒はまばらだ。
 先輩は決まったのだろうか?祐子のバド部情報に寄ると、上京するらしいという話をしていたという。
 三学期になってから先輩の気配を捉えたのは、始業式の全校集会と、放課後の部活中に、先輩の声が久々に聴こえてきた、つい先日のことだ。
 今年のバレンタインは土曜日。
 平日だったとしても、学校に来ているか来てないかわからない状況の中、渡したい女子達は学校中を徘徊するであろうことは想像がつく。
 きっと前日の金曜日に、先輩の下足箱がチョコレートで溢れるのだろう。贈り主名をちゃんと書いても、先輩には誰からなのかわからない贈り物は、目に止まることもなく、もしかしたら、知らない誰かの元へ貰われていくかもしれない。
 遥香は、土曜日で会えないことが確定なバレンタインはやらないことにした。普通ならドキドキする乙女のイベントで渡したい相手もいるのに、それをしないと決めた遥香は、なぜかあっさりと気持ちの整理がついていた。
 先輩の卒業を目前にし、このままいなくなってしまう先輩を黙って見送り、抜け殻のような2年生になって、生きがいを失ったまま過ごしていくこれからを想像すると、とてつもなく虚しい未来だ。これでいいのだろうか。
 三学期に入ってから、遥香は毎日、黒板を書き写すペンをふと止め、窓の外に広がる青い空に時々目をやりながら、そんなことを考えていた。

 12月までに推薦等で進学先が決まると、玄関前の壁に進学先と名前が貼り出される。その中に先輩の名前はなかった。ということは、1月以降の一般試験を受けるのだろうと想像がつく。
 
 遥香の存在すら知らないであろう先輩を、勝手に騒ぎ立て、勝手に1人で盛り上がってきた遥香。
 あんなに勉強してここまで来たのに、ただ黙って見送るだけでいいのか?
 紀子、美穂、祐子の3人と出会え、呆れながらも遥香に付き合ってくれたり、いろんな話をして笑ったり怒ったり落ち込んだり、4人で遊びに行ったり、先輩のこと以外でも、この1年楽しい女子高生ライフを送ってこれたのは、3人のおかげだ。本当に感謝している。これからも大事な友達でいてほしい。
 これからも友達と楽しく過ごしていくであろう高校生活の中で、失った生きがいにため息をつき、時々虚しさを感じながら過ごしていくのは、一緒にいてくれる友達に何だか失礼な気がする。
 何かに向けて頑張っているはずの先輩と同じように、自分も何かに頑張りたいと思う。

 「私、先輩と、一言でいいから話したいなぁ…」
 いつもの昼休み。観たい映画の話で盛り上がっている3人。
 遥香は、窓から見える青い空をぼぉっと見上げながら、頬杖をついて突然呟いた。
 3人はピタッと話していた話題を止め、一斉に遥香を見る。
 「な、何、急に」
 美穂が驚いて、体を少し引いた。
 「最近ぼんやりしがちだと思ってたけど、それ考えてたの?」
 祐子が遥香を覗き込むように話す。
 少し沈黙があった後、紀子が言った。
 「告る覚悟できたなら、協力するよ」
 遥香は、「告る」というワードに高速反応し、我に返って慌てて否定する。
 「こ、告白なんてしないよ!」
 「告白しないんなら、なんの接点もない知らない後輩が、先輩に突然、例えば…趣味何ですか?とか聞ける?」
 確かに、そんなことができる行動力があるなら、とっくにしてるだろう。
 「こっちはずっと追いかけて知ってても、あっちは知らないとすればさ、初めて話すことって、あの〜…好きです!とかしかなくない?」
 紀子の言いたいことはわかる。でも何かしっくりこない。
 「んー…好きなのは確かにそうだけど、知りもしない女にいきなり告白されても、先輩困るだけじゃん?怖いよ。」
 「まぁね。それもわかる。じゃあどうすんの?」
 「わかんない…好きなんて言わなくても、先輩と一言話せたらそれでいいの。それだけで私、充分成仏できるんだよ」
 「何、成仏って…」
 それから4人は緊急作戦会議を開き、具体的案をノートに書き出した。
「先輩の前で何か落として拾ってもらう」 
「先輩の前でコケて、助けてもらう」
「先輩にぶつかって謝る」
 どれも偶然ものばかりだ。いつ現れるかもわからない先輩に対して、どの案も現実的ではない。
 行き詰まる会議に、祐子が切り出した。
 「今から必ず会えるのって、もう卒業式しかなくない?」
 もう卒業式まで一ヶ月を切っている。
 「卒業式にさ、これからも頑張ってください!とかなら自然じゃない?」
 祐子のナイスな意見に、遥香は咄嗟に拍手した。
 「祐子、素晴らしい!うん、それなら私でもできそうな気がする」
 「じゃあ、それにちょっとしたプレゼントでもつければ?」
 美穂がさらにナイスな提案を出し、遥香は美穂の肩をバシバシ叩き出した。
 「いいね、いいね!そうしたい!で、何あげよう…?」
 さらなる議題が浮上したところで、予鈴が鳴った。次回の会議は、翌日昼休みとなった。
 
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