青い便箋
高杉先輩のいる輪を取り囲む人の数が、気持ち引けてきた気がする。
遥香は、玄関アプローチから下足箱へと続く階段を、3段上がってその輪を見下ろした。
高杉先輩の制服は、ボタンはもちろんのこと、校章も名札もベルトすらも無くなっているのが見て取れた。
願わくば、もし声をかけられたなら、先輩の制服についているものを何かもらえないだろうかと考えていた。しかし考えることは皆同じだった。ワイシャツや上着をもらうわけにもいかないし、諦めるしかない。淡い願いも、砕け散った。
はだけた上着にユルユルのウエストになったスラックスを手で押さえながらも、仲間たちとの笑顔は絶えない高杉先輩。
もしかしたら、先輩にいるかもしれない彼女が、この輪のどこかにいるのだろうか。または、少し離れた場所から彼を見守っているのだろうか。はたまた、好きな人はいたんだろうか。
そんなことを考えるとやはりちょっとテンションが下がってしまう。
いや、今はそんなことより、少しでも長く先輩を見ていたい。だんだんと自分の記憶が薄れ、先輩の顔がうろ憶えにならないよう、しっかり刻まなくちゃ。
この同じ空間で、先輩が私のことを知らなくても、同じ時間を過ごしているのは今しかない。もう、明日から見られなくなってしまう先輩の顔を1秒でも多く胸に刻まないと、時間がもったいない。
あの笑顔をずっと見ていたかったなぁ...
感傷に浸りながら神スマイルにうっとりしていると、高杉先輩の姿がスッと消えた。
え…?消えた先輩に遥香は焦り、急いで階段を数段かけ上がった。高杉先輩がいた場所を起点に、迅速な速さで円を描くように、眼力センサーで捜索網を張り巡らせ、先輩の姿を探す。
輪から外れ、ほどけた靴ひもを結び直そうとしゃがみこんでいる高杉先輩をすぐ手前に発見した。
思っていたよりかなり近くにいる。心拍音が急激に速度を速めた。
あっ!……遥香の長い足は、階段を一気に駆け下り、高杉先輩に向かって一歩進んだ。そして、勝手に足は急停止した。
えぇっと、えぇっと…まず何て声をかけたら...?なんて考えてたんだっけ…?わかんないわかんない…どうしよどうしよ…
迷いためらい、パニックな遥香の背中に、ものすごい力がかかった。紀子が背中を突き飛ばすように力強く押し出したのだ。
「ほらっ!今だ、行けっ!!」
押された勢いで何歩も前に進んでしまい、逃れられないほどの距離にいる高杉先輩の目の前へ近づいてしまった。