裏社会の私と表社会の貴方との境界線

私にできる事

「君は…」


「真白」


悠目さんに対し、さらに言葉を続けようとする真白を私は止めた。


ここからは私のターンだ。


これ以上容赦なく追い討ちをすれば、まともに話せなくなりそうだ。


「…ごめん、雨晴が喋るんだったね」


真白は、私を申し訳なさそうに見つめた。


実はさっき真白に「私からも話す時間を作ってほしい」と言ったのだ。


実際この事件は、裏社会のトップグループである雨晴家が片付ける問題だ。


これは当然の行為。


別に情が湧いたとかじゃない。


「悠目さん…いえ、悠芽亜美さん」


「っ?!なんでその名前…」


悠目さんは、驚きを隠せない様子だった。


これは悠目さんの本名、つまり裏社会での名前だ。


悠芽家は特に名家でもない、下っ端の家柄だ。


この情報はツキにお願いして、ナイトメアから得た情報。


雨晴と繋がりがない家なので、知らないと思ったのだろう。


もしくは、私が雨晴華恋という事に気がついていないか。


「あら?違かったかしら。…この名前を聞いたらわかるかしら。私の名は…雨晴華恋よ」


「雨晴って…あなたまさか?!」


私の事をしっかりと認識出来ていなかったみたい。


裏社会の誰もから恐れられた雨晴家。


会ったことはなくても、聞いたことはあるはずだ。


噂は(またた)く間に広がるものだから。


「今回の件は、私達で『処理』しておくわ。ここで全てを話す必要はないわ。でも、貴女の行動は許されるものではない」


「処理」、つまりは隠蔽(いんぺい)だ。


裏社会の人が、表社会で問題を起こしたなんて噂が広まってはまずいのだ。


さっきも言ったように、これはマフィアグループトップとしての当然の行動である。


でも、私は悠目さんの罪を許すわけではない。


だってこの人はもう、「悠芽亜美」ではなくただの一般人だから。


悠目美亜になった彼女は、表社会のルールに従うべき。


「くっ…」


なにも言えなくなった悠目さんは、悔しそうに黙った。


これが私に…“雨晴華恋”にできること。


改めて思うが、家柄で左右するなんてひどい世界だ。


***


その後悠目さんはあっさり自分の罪を認め、警察に身柄を拘束された。


彼女はこれから受けるべき罰を受けるのだ。


そして私達は、宇津木大学を後にした。


***


「れんれん!」


(誰のこと…?)


スカイ学園に着いて、私は白綾に呼び止められた。


「れんれん」なんて呼ばれることがないから、一瞬とまどってしまう。


それでも、すぐに冷静になり振り返る。


「…何か用かしら?」


「えっ、ちょっと怒ってる?」


「いいえ?別に」


実はちょっと不機嫌。


正直に言うと、この2人とはなんとなく話したくない。


雰囲気がどことなく怖い香宮夜に、ハイテンションな白綾。


どちらの性格も私には合わないから。


一緒にいても楽しくない相手とは、いたくないものだろう。


「あ〜変な呼び方したから?」


「なるほど、なるほど?」と言いながら考えるそぶりをする。


別にそんなことどうだっていいのに。


「はぁ…別にそれはいいわよ。で?結局なんなのよ」


私は白綾に向かって、盛大なため息をつく。


そんな態度に気にもせず、話を進められた。


「さっきので確信したんだけど、君ってナイトメア所属の雨晴長女だよね?」


あんなに派手に権力を振りかざしたので、流石に気がつくだろうとは思っていた。


この情報はバレても問題ない。


問題はここからだ。


「そうだけど?だったらなに?」


さあ、この2人はどうでるか。


学園側に報告するか、素直にこちら側につくか。


「…やっばー!!!」


「へ?」


予想外の反応を見せるもので、拍子抜けしてしまった。


相変わらずなにを考えているのか分からない。


そして、白綾はとても嬉しそうにしていた。


「雨晴の長女ちゃんと仲良くなれる機会じゃん?!ねえ紺凪!!」


「うるさいよ千智、雨晴さん引いてる」


情けない顔でぽかんとしている私。


それから私は首をぶんぶんと振る。


「仲良く…したいの?」


「もちろん!」


「僕も…」


2人ともそんなことを思っていたのか。


本当によく分からない人達。


でも、この2人と仲良くして悪いことはない。


それに、実は私も「友人」という存在がほしかったりする。


「だから…」


「「友達になってください」」


私はふっ、と2人に向かって優しく笑った。


「もちろん」


私にも友人ができたみたいだよ、羅華、瑠璃華。


***


ヴゥ…ヴゥ…。


私のポケットに入っているスマホが振動した。


誰かから電話が来たのだろう。


こんな時にいったい誰だ。


少しイラつきながら、スマホを取り出す。


画面に表示された登録者名は…「サク」だった。


きっと事件の事だろう。


サクのことが“大好きな”レンが、報告でもしたんだろう。


いつも心の中でも嫌味を言っている。


面倒臭いが、仕事の関係なので出なければならない。


はぁ〜と盛大にため息をついて。


ピッ。


私は通話ボタンを押した。


「もしもし、華恋だけれど」


「ああ、よかった。出てくれた」


(そんな前置きいらないっての)


いちいちこういう事を言うの、本当にやめてほしい。


「さっさと用件だけ言ってちょうだい。寮に早く帰りたいの」


私はイラつき気味にサクに言う。


「…分かったよ。まず、事件解決おめでとう。見事だったよ」


まるで全てを見ていたかのような口ぶりだ。


どうせまた、監視カメラでもハッキングして見ていたのだろう。


いつもの事なので気にしないことにした。


「それと、悠芽家のことはこっちで全部処理しておくことにしたよ」


「あら、そう?ありがとう」


素直にお礼は言う。


「少ないけど、連絡内容はこれだけだよ。引き続き分かったら連絡をしてね。それと、今度瑠璃華と羅華に会うといい。待ってるからね」


よく分からないことを言い残して、電話を切られてしまった。


なんだったのだろう。


待っているのはいつもだと思うけれど…サクのあの言い方。


なにか裏がありそうだ。


何かを見落としている…そんな気がした。


この予感が当たりませんように。


そう願うしかなかった。


***


真白に挨拶をして、今日は別れた。


寮に戻ってツキ達と情報整理をしなくては。


リビングにいくと、みんなそろっていた。


「華恋〜遅かったね」


空いているのはユウの隣の席だけ。


本当は嫌だが、仕方がなく座る。


「サクと連絡をとっていたからね。じゃあ、始めましょうか」


3人がコクっと頷いたのを見て、話を進める。


「今までで気になったこと、入手した情報を教えてほしいわ。そうね…まずユウから」


有力な情報があればいいけれど。


できるだけ早くこの調査を終わらせたいから。


時間をかければ、私達の正体が学園にバレるのも時間の問題になってくる。


「んー俺は特にないかな。気になんのは真白斗亜ってやつ。あとは、なんでここにあの有名な2人組がいんのかってことー」


私も真白のことは疑っている。


有名な2人組っていうのは、千智と紺凪のことだろう。


裏社会で有名なペアだから、もちろんナイトメアも認知している。


そういえば私が2人のこと苗字呼びじゃなかったっけって?


それは。


「2人組って、千智と紺凪のことよね?」


「?…華恋って、その2人と仲良かったっけ?」


ツキがそういう話に入ってくるとは珍しい。


あれ、でもなんだかなんか不機嫌そう。


(私、何か気に触ることでも言ったかしら?)


「さっき仲良くなったの」


「「「さっき?」」」


3人の声が重なった。


驚いた、レンまでも興味を持つなんて。


ちらっと見ると、ハッとしたように頭を振っていた。


本当によく分からない人。
「ええ、ナイトメア所属の雨晴かって聞かれて…それから少し話したの」


「名前で呼んでるのは?苗字呼びだったよね?」


よくそんなところに気がついたな、と思った。


こんなに私に細かいのはツキらしくないけれど。


今日はみんな体調でも悪いのかしら。


私は少しばかり心配した。


私には、自分の鈍感さに気がつく余地がなかった。
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