裏社会の私と表社会の貴方との境界線

行かなくちゃ

レンのその真剣な顔から、彼女がこれからどれだけのことを言うのか、なんとなく分かってしまった。


緊張感で苦しくても、この話を聞き逃さないようにする。


「いい?…まず瑠璃華達の今の状況だけど、サク兄さんにほとんどの時間監視されてるんだろうね」


「…監視って、なんのためによ」


そんなことする意味がない。


だって普通に生活していればいいし、目的がさっぱり分からない。


ナイトメアの1番信頼のある家系なので、裏切りを疑っているわけでもないだろうに。


私がいる時は、監視なんてされてる気配はなかった。


つまり、監視は私がいなくなってから始まった事。


いったいなぜ。


「今『私がいる時は大丈夫だった』とか思ったでしょ。そこが鍵だよ」


「鍵って…」


「うん、そう。サク兄さんはまさにそれを狙っていたんだよ。華恋の信頼を得るために」


信頼を得るため?


それってつまり。


ここまできて、やっとピンときた。


「私が瑠璃華と羅華に会えない時期を、意図的に作ったってこと?その時に2人が無事に過ごせると、私に思い込ませるために…」


レンは小さく首を縦に振った。


また何かが込み上げてくる感覚になった。


「落ち着いて聞いてよ?この後がもっとひどいから、このくらいで怒ってたらもたないよ」


少し乱れてしまった感情を、深呼吸によって戻す。


今は集中しろ私、と言い聞かせる。


「この手紙を1文ずつに分けたのも意図的にだね。おそらく、これは毎日1文ずつ書いていたんだと思う。書く事ができる時間が、数秒しかなかったんだろうね」


送られてきた紙の枚数は6枚。


つまりは、この手紙を書こうとして少なくとも6日はなっていることになる。


最悪の場合、もうすでに。


いいや、そんな事を考えるのはやめよう。


瑠璃華と羅華が簡単にやられるわけがないんだから。


そのことは、私がしっかり認めてあげなくちゃ。


「サク兄さんも、殺すまではしないと思うよ。前から…まあ言い方悪いけど、使えるコマって言ってたし」


それがあって生かしてもらえるなら十分だ。


「レン、ありがとう。とにかく急いで行かなくちゃ。明日にでも行ってくるわ」


私はそう言って立ち上がった。


これ以上聞いてる時間すら無駄だ。


瑠璃華と羅華がどれほどのひどい状況下の中生きているかなんて、容易に想像できた。


私に助けを求めるほどに。


ここまで雑なものを送ってきたのだ。


心配で仕方がない。


ならば、早くサクに会って問い詰めなければ、この怒りはおさまらない。


「僕も行くよ」


レンの言葉に、普段の私なら随分と驚くだろう。


けれど、この時は頭が回らなくて、適当に返事をしてしまった。


「ええ、いいわよ」


レンがどんな顔をしていたかなんて知らずに。


「サク兄さん、これでいいよね」


私は多分、何も見れていなかった。


***


私は、夜になりみんながリビングに集まった時、明日屋敷にレンと戻ると伝えた。


急なことだったが、ユウもツキもオーケーを出してくれた。


ツキは、レンが信用できないのでついて行くと言った。


でも、私は断った。


人数が増えてしまうのは嫌だし、ツキはメア家の人間だ。


裏切りと疑われて巻き込んでしまうのは嫌だ。


レンの場合は、サクに随分と気に入られているし大丈夫だろう。


そう言って、私とレンは準備に取りかかった。


***


「それじゃあ行ってくるわね」


次の日、朝早く起きて行くと決めていた。


今の時間は7時。


屋敷までは1時間以上かかるので、早く出発しなければいけない。


「気をつけてね。何かあったら連絡入れて」


ツキは結構な心配性だったのだなと、今思った。


昨日からずっとこんな調子だ。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。知ってるでしょ?私、強いから」


偽りないその言葉に、安心したよう。


少し複雑な顔をしていたけど。


「そっ…か。うん、分かった。いってらっしゃい」


「ええ、いってきます」


私はツキに手を振って、レンと共に寮を出た。


***


キッ!


「着きました」


レンに呼んでもらったメア家の執事が、車を運転してくれた。


今の時刻は9時近く。


予定より遅くなってしまったけれど、特に問題はない。


執事に車のドアを開けてもらい、外に出る。


「運転ありがとう。帰りもよろしくね」


執事に向かって、にこっと笑いかける。


それを見て、執事は「了解しました」と言った。


「早く行くよ、華恋」


「ええ、分かってるわよ」


レンに急かされて、急いで後に続く。


屋敷に入ると、今度はメイドが出てきた。


どうやらこのメイドが、サクのいる場所まで案内してくれるよう。


「お待ちしておりましたレン様、華恋様」


そう言ってメイドは深々と頭を下げる。


そんなメイドを見て、すぐに顔を上げるよう指示する。


「それでは、サク様にご案内するよう言われたお部屋にご案内いたします」


メイドが今度はぺこっと軽くおじぎする。


その後、目の前に広がる廊下を歩き出した。


***


「ここです。これにて、私は失礼させていただきます」


どうやら目的地に着いたよう。


でも、ここはどこだろうか。


メア家の屋敷はものすごく広いので、実は私も全部屋は覚えられていない。


なんなら、たまに部屋探索もしている。


着いた部屋の前の廊下はひんやりしていて、不穏な雰囲気がある。


こんなところにいる理由が謎だ。


ここに、瑠璃華と羅華が閉じ込められている可能性がある、そう考えた。


こんなに人気のない場所に連れてこられたのだ。


そのくらいの想像は、誰しもがしてしまうだろう。


それに、ここに来るまで随分歩いたが瑠璃華達に会わなかった。


サクには「瑠璃華と羅華にも私が行くことを伝えておいて」と電話で言っておいた。


もちろん2人にも連絡したが、いまだにメッセージは未読のまま。


姉好きのあの2人とも、そろって返信をしてこないなんてありえないから。


レンの監禁されているという予想は当たっていたのかも。


いや、そんな事考えたって仕方がない。


さっさとこの部屋に入ろう。


一刻も早く会わなければ。


「レン、開けるけどいい?」


表情が固かったので、一応確認を取る。


「うん…」


なんだか今日はやけに静かだ。


いつもの嫌味攻撃も、1度もされていない。


レンのおかしい様子はおいといて、部屋のドアを開けた。


ギイ…。


長年使われていなかったドアのような音を立てて、ドアは開いた。


「誰かいます?」


中は電気もついていなく、とても暗かった。


そのせいで見えなかったが、確実に3人いる。


男2人と女1人だ。


「やあ華恋。来てくれてありがとう」


その声が聞こえて、やっとそこにいる人物が分かった。


声も主…サクは、部屋の電気をつける。


「え…」


私の目に飛び込んできたものは、とても信じれるものではなかった。


瑠璃華と羅華の両手首には手錠をかけられ、動けない様子。


しかも、2人とも血まみれでありひどい状態。


「おねぇちゃん…」


微かに聞こえた瑠璃華の声は、今にも息絶えてしまいそうだった。
< 18 / 48 >

この作品をシェア

pagetop