裏社会の私と表社会の貴方との境界線

こんな光景をいつまでも見ていることはできなくて、ぱっと目を逸らす。


私は今、絶望的空間で息を殺していた。


黒い感情が、私を襲ってくる。


どこからか聞こえるあの女の声。


『見なよ?あんたの妹も弟も…死にそう。守るんじゃなかったの?』


「っ…!!やめて!!もう嫌…」


私は耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。


どれだけ強く耳を塞いでも、意味がないことは分かっているけれど。


パニック状態で、そんなことも考えられなかった。


ただひたすら、恐怖におびえていた。


『ねえ、華恋じゃその程度なんだよ?大切な人を誰1人守れない…』


「うるさい…もう黙れよ!!」


自分でも信じられないほどに、ひどく混乱していた。


もう、周りのことなんかなにひとつとして見れなくなった。


レンが何度私に呼びかけようとも、私の耳に届いた言葉はなかった。


その途端、プツンと何かが切れる音がして私は意識を手放した。


***


「うぅ…」


私は何度も瞬きをして、周囲の状況を確認する。


そこは私がさっきいた部屋とは、全く違う場所だった。


「はぁー…また、来ちゃった…」


あたりは黒一面に覆われていて、闇色に染まっていた。


でも、驚くことはない。


だってここは昔、毎日のように来ていた場所なんだから。


よく壁を見ると、ところどころヒビが入っているのが分かる。


(この辺もそろそろ割れてしまうわ。移動しないと)


私は壁が“割れる”その時を、絶対に見たくないから。


パリンッ!!


そう考えていた時、目の前の壁がが勢いよく割れてしまった。


破片が飛んできたが、全て私の体をすり抜けていく。


その割れた部分から、闇を照らす光がさす。


新たな闇という名の明かりが、私の目に映る。


「あんた、またやってんの?いつまで経っても学習しないわね!!」


幼い私に怒鳴りつけている女は、アヤネという。


それと、私の姿は今とはまるで違う。


小さい頃とはいえ、顔があまりにも似ていない。


当たり前だ。


これは私だけれど、私ではないのだから。


「も、申し訳ございません…」


ただただ涙を流し続け、けられ続ける私。


恐怖におびえているのが分かる。


「そうだ。いいこと思いついちゃった。ねぇ…カレンはそろそろもっと痛い目、見ないとね?」


そう言って、アヤネ様は後ろの引き出しからフォークを取り出した。


この後、なにが起こったか私はよく覚えている。


あの痛みと恐怖に勝るものが、この世に存在するのだろうか。


アヤネはそのフォークを、容赦なく私の目に近づける。


「あんたのその瞳…くり抜いてもいいでしょう?」


「えっ…?」


「だって、そのきれいな瞳くらいしか貴女の価値がないじゃない?それと、体に教え込んであげないと、ねぇ〜?」


今でも身が凍るような言葉だ。


私のこの紫の瞳は女神を意味し、価値のとても高いものだ。


でも、この瞳を取ろうとするなんて人はいなかった。


そんなこと、いくらアヤネ様でもしないと思っていたのだ。


でも、忘れていた。


私は生きる価値がなくって、アヤネ様の力で生きているっていうのを忘れちゃいけないんだ。


そう考えたら動けず。


抵抗もなく私の目元にフォークを刺された。


「きゃはは!!」


その瞬間、割れたはずの壁は暗闇に戻った。


もうここがどこだか分かっただろう。


そう、ここは私の心の中だ。


ずっと黒く闇のような感情がうずまき、「過去」という呪いに縛られている。


この闇が終わることは、もう永遠に…ない。


***


ザザッ、ザザッ。


ノイズ音のようなものが、遠くから聞こえた。


「えっと…あ、あそこか」


音がする方を見ると、テレビのような物体が置いてある事に気がついた。


テレビに映されているのは砂嵐で、さっきの音の正体はこれだ。


あの画面からは、現実世界の“私”が見れる。


最近はだんだん使い慣れてきて、中に入ることも出来るようになった。


闇の中を歩き、画面の前に立つ。


それから深呼吸をして自分を落ち着かせる。


今、現実世界の私の体の中身は私ではない。


レイという名の黄泉神(よもつかみ)だ。


レイには、前世の頃からお世話になっている。


私には精神崩壊しやすいという、大きな欠点がある。


それはどうやっても、昔から直すことができなかった。


けれど、私が精神崩壊するとレイが変わってくれることによって、これまで“私”を保つことができた。


まあ、大きな難はあるが。


レイは普段はおとなしいが、スイッチが入ってしまえば殺人を好む脅威(きょうい)にもなる。


普段のおとなしい姿からは、全く想像ができないだろう。


だからこそ、さらに恐ろしいというものだ。


レイは決していい性格とは言えない。


そんな事を考えながら私はテレビ画面に手を当て、その世界に入っていった。


***


「華恋!!華恋!!」


私の体を抱えるレンの姿が目に映る。


ちなみに今私は、レンの真横にいる。


今の私の視点は幽霊(ゆうれい)みたいなもので、レンやサクには見えていない。


レンの抱えている私の体の中身は今、レイのはず。


「う…ん?誰…」


どうやらレイが目を覚ましたよう。


そうだ、あそこでレイに会っていないから状況を説明していないんだった。


まずいかも。


「ちょっと大丈夫?頭でも打った?」


ちょっと失礼なことを言うレンに、ムッとする。


『打ってないわよ!全く…』


私の声は、もちろんレンには聞こえていない。


しかし、レイには聞こえている。


レイは私の方をじっと見てから、今の状況を探るように辺りを見た。


「…なるほど、そういうことですか」


理解したようにぼそっと(つぶや)いた。


さすがレイ、とても理解が早い。


要らぬ心配をしたみたいだ。


まあ、悪い方向に進まないかは不安だが。


「大丈夫よ、余計なお世話。それよりサク、どういうことか説明してくださる?返答次第で私も行動を決めるわ」


立ち振る舞いは完璧。


演技派でもある彼女は、入れ替わった時には意外と心強かったりもする。


「僕は瑠璃華と羅華が邪魔(じゃま)だっていつも思っていたんだよ。華恋の成果に比べれば、2人の実力はいいとは言えないない。雨晴としても、ナイトメアとしても恥ずべき存在だ」


サクは淡々(たんたん)と言う。


私が異質な存在なので、2人が成果をあまり上げていないように見えるかもしれない。


しかし、他のマフィアと比べて2人は十分な程に強い。


そんなことごときで2人を手にかけようなんて…許せるわけない。


そんな私の感情を読み取ったのか、レイが言う。


「なんでそんなことをしなきゃいけなかったの?」
「さっきも言っただろう?邪魔だったからだよ。彼女達はいてもいなくても、どうだっていい存在だ。そのくらい分かるでしょ?」


『いや、サクがそう感じてるって分かってはいたけど…』


私はそこで言葉を飲み込んだ。


それ以上は、言葉にしたくなかったからかもしれない。


ナイトメアの世界は、これだけ厳しいと理解していたから。


1回でも任務に失敗したり、ふさわしくないと思われた瞬間…殺される。


もちろん組織のトップ、サクの手によって。


彼の気持ちで全てが決まってしまうこの世界は、やっぱりひどいものだと改めて感じた。


それは決まりでもあり、抗うことは許されない。


そう、15年前のように。
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