裏社会の私と表社会の貴方との境界線

15年前

15年前、つまりは私が2歳の頃の話だ。


普通の人ならば、記憶など存在しないだろう。


しかし、私には存在する。


それもとても鮮明(せんめい)に。


女神は何度命を落とそうとも、違う体へ転生して命を繋ぐ。


嘘だと思っていたが、これは本当のことだった。


カレン・アイリスの人生を18歳の時に終えた私は、雨晴華恋へと転生した。


体は2歳でも、中身は前世の年齢。


それを合わせれば19歳だ。


ちなみに、疑問に思ったかもしれないが20歳ではない。


雨晴華恋の体に転生したのが、この体が1歳の時だったから。


生まれてから裏社会の環境にいた華恋は、血や転がっている死体にはなぜか吐き気がしなかった。


前世では、あんなにも気持ちが悪いと感じたのに。


見慣れた環境のような気さえした。


もちろん、そんなはずはないのだが。


あの日は、いつものように2歳児のふりをしながら生活をしていた。


そして、あの出来事は起こったのだ。


あの日まで、私には姉が存在した。


名前は雨晴華(あめはれはな)、年齢は13歳。


11歳差が大きいと感じるかもしれないが、裏社会では当たり前のことだった。


それと、姉とは父親が違った。


母親が不貞(ふてい)を働いてできた子だったらしい。


だからか、お父様は姉のことをいつも嫌っていた。


姉のマフィアとしての能力が低いのは、父親が表社会の人間だから。


そして、お父様以上の力を持つ私が生まれてしまった。


その日から姉は、用済みになってしまった。


***


私はあの日、いつものように廊下を歩いて雨晴家の屋敷で遊んでいた。


ふとお父様の部屋を通りかかると、華お姉ちゃんがいることに気がついた。


いったいなんの話をしているのかと気になり、中をのぞいてみた。


「華、お前にはがっかりしているよ。唯華(ゆいか)とは血が繋がっているのに、こんなにも使えないなんて」


唯華っていうのは、お母様の名前。


私達とは母親は同じなので、半分だけ血が繋がっている。


「…」


華お姉ちゃんは、とても明るくて優しい人だった。


けれど、彼女もお父様の前ではなかなか言葉を発せない。


上下関係の激しい裏社会では、仕方がないかもしれないけれど。


「華も、3つ子が生まれたことは知っているだろう?」


「はい」


「そのうちの長女である華恋は優秀だ。将来は、雨晴を誇るマフィアになるだろう」


昔からお父様が私に期待しているのは、知っていた。


逆に、私が生まれたせいで、華お姉ちゃんが不必要になってしまったことも。


「本日をもって、ナイトメアよりお前を処分することを決定した」


「っ!!」


声をあげてはいけないと、必死に抑える。


「処分」ということは、もう希望がないと判断された人か、表社会と繋がりがあると判断された人どちらかということ。


華お姉ちゃんは用済みなんかじゃないのに。


きっと、表社会の人の血が混じっているからダメなんだ。


そんなことだけで、華お姉ちゃんが処分されるなんてと思った。


「…はい」


華お姉ちゃんは、いつものように反論せず返事をした。


私は悔しくて、下唇をグッと噛む。


そして、その場から立ち去った。


(なんでお姉ちゃんが…処分ってことは、死んじゃうんだよね。もう会えないの?なんで嫌って言わないの?)


でも、華お姉ちゃんの行動の意味も分かる気がしたんだ。


ただ怖いんだ。


恐怖で逆らうことができない、自分より上の人間に争ってわいけない。


そういう風に感じてしまって、体が動かない。


その感覚は、ずっと味わってきたから。


分かってあげられるのに、今の私では何もできない。


それが悔しかった。


いつも優しくて、いろいろな話を聞かせてくれる華お姉ちゃん。


大好きな、お姉ちゃん。


「また、お姉ちゃんを助けられないんだ…。レンカお姉ちゃんも…」


私の目からは、大粒の涙が止まることなくあふれていた。


***


私は「あの部屋」に行って、1人で泣いていた。


今日が、華お姉ちゃんと過ごせる最後の1日なのに。
今は笑えるけれど、華お姉ちゃんに会ってしまえば、私は笑うことができない。


いつも通りに過ごせない。


きっと私以上に苦しいはずなのに、もっと苦しくさせてしまう。


そんなことはしたくない。


だから、もう会いたくない。


さっきの会話が全部夢だったらいいのに、と思った。


でも、ほっぺをつねると痛い。


現実なんだなと実感してしまう。


「ひっく…うう…」


涙はどうやっても止まらなくて、ぬぐい続ける。


その時、誰かの影が前に現れた。


「どーしたの〜?華恋ちゃんっ?」


「あうっ?!」


びっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。


いつもの明るい華お姉ちゃんが、私の前に座っていた。


いつの間にこの部屋に来ていたのだろう。


でも、そうだよね。


いつもお姉ちゃんは、落ち込むとこの部屋に来るもんね。


もしかしたら会えるって、期待して来ちゃったのかも。


私ってば…バカだな。


「さっきの会話聞いてたんでしょ?気配(けはい)でバレバレ〜」


ほっぺをつつきながら、私の隣にストンと腰を下ろすお姉ちゃん。


いつもと同じみたく見えるけど、多分無理してると思う。


だって、声が少し震えてるから。


「盗み聞きなんて、悪い子だなー。しかもさ、こんなに泣いちゃって」


私の頬をつたう涙を、優しくぬぐってくれた。


「ね、最後くらい話そうよ。私知ってるよ?華恋が、本当は喋れるってこと!」


「へっ…?」


喋れるって分かっているの?


どうやって知ったの?


それに、華お姉ちゃんはちっとも驚くそぶりを見せない。


これも裏社会では当たり前のことなんだろうか。


もうどうでもいいやと思い、言葉を発する。


「…どうして知っているの?」


私が言葉を発すると、やっぱり驚かなくて嬉しそうに笑った。


「ふふっ、よかった。ごめんね、私ものぞき見してたの」


「のぞき…見?いつの話?」


独り言も全く言わないタイプだし、私は喋れることをみんな知らない。


それはそうに決まっているのだけれど。


2歳児が喋るなんて、聞いたことがない。


だったらいつ。
「1年くらい前?黄泉神(よもつかみ)のレイ様と黄泉(よみ)様とお話してたでしょ?」


確かにこの世界に来てから、レイと黄泉様が私のところに来てくれた。


前世では、覚醒した時に説明に来てくださった。


黄泉様っていうのは、神々の中で頂点に立っているお方。


私達より能力もすごくて、手も足も出ない。


「うん…。というか、華お姉ちゃんはなんでレイと黄泉様のことを知っているの?」


そんな見ただけで分かる人なんて、私達みたいな神々じゃないとあり得ない。


ということは彼女は。


「華お姉ちゃんって呼んでくれるのか〜、嬉しいな〜!」


呼び方が気に入ったのか、とてもウキウキしている。


「そんなことより、教えてちょうだい」


少し怒り気味に言うと、「ごめんごめん」と軽く謝ってきた。


「華恋は気が付いてなかったかもだけど、私も女神なんだよ?No.3のルピナス!」


「えっ?!華お姉ちゃんがルピナスなの?!」


女神に限らず、神達には「ランク」が存在する。


称号、ナンバーという順に決められている。


女神の人数は100人、普段は天界で暮らしている。


神々は自分の力の何割かを人間に入れて、人間界に転機を与えた。


その中でも異例なのが、神が体も人間界におとした存在。


それと、天界のルピナスは現在不在のまま。


理由は人間界に降りているから、と言われている。


まさかこんなに近くにいたなんて。


「そうだよ。せっかく会えたのにさ、今日で最後なんて悲しいよね」


「うん…」


華お姉ちゃん…いや、ルピナスは視線を落として目を伏せた。


「最後に、私の話を聞いてほしいの」


ルピナスの美しい姿に、私は目を奪われた。


「うん、いいよ」


これで会えるのは最後。


私は感情がぐちゃくちゃのまま、一筋の涙を流した。
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