裏社会の私と表社会の貴方との境界線

約束

「もう泣かないでよ。華恋が泣いてると、お姉ちゃんも悲しくなっちゃうよ〜」


冗談を言う時のテンションだった。


でも、やっぱり悲しそうな目をしてる。


「ご、ごめんなさい。…私、ちゃんとルピナスの話を聞くわ!」


涙をもう一度ぬぐって、真剣な目でルピナスを見た。


それに応えるように、彼女は優しく笑った。


「ええ、ありがとうね」


まるできれいな花のようだった。


「最初は〜、そうね。私の事教えてあげるっ!」


「ルピナスのこと?」


「うん、そうだねー。華恋はさ、私のことってどれくらい知ってる?」


「えっ…とー」


全てを見透かされているように感じて、自然と目をそらしてしまった。


まあ、そういう“感じ”ではないんだけれど。


「女神No.3ルピナス。能力は『透視(とうし)の瞳』で、目を合わせるとその人の全てが分かる。攻撃パターンは『コピー』で合っているかしら?」


「わー正解!基本登録全部知ってるじゃん!!実は私のファンだったり〜?」


「す、するわけないじゃない!」


せっかく真面目に答えたのに。


くすくすと面白そうに笑うルピナスを見て、少し呆れる。


ルピナスは透視の瞳を持っていて、目を合わせた者の全てを知ることができるみたい。


彼女の前で嘘をついても無意味。


攻撃の時に使う魔法はコピーで、対象の人の能力を使用することができる。


それとプラスで、女神はみな守備(シールド)回復(ヒール)を使える。


「嘘に決まってんじゃーん。かーわい、くすくす」


「もうっ!」


「ごめんってばー。まー話戻すとさ、華恋が言ったのが私のほとんど」


よいしょっと言って、ルピナスは立ち上がった。


それから、棚の引き出しを引く。


中から取り出したのは、とてもぶ厚い本のような物。


古くなっていて、少しボロくなっている。


「これはね、魔法がかかった日記なんだ」


「魔法…?どんなものがかかっているの?」


私の前で再びルピナスは座る。


「次の時代まで持っていける特別な日記で、指定した場所にこの日記のコピーを残せるの」


次の時代まで…ということは、次世で使えるということ。


指定した場所にコピーを残せるなんて、面白い日記だ。


「これをね、華恋にあげるわ」


「え?私に…?」


こんなに大事そうな物、私がもらってしまってもいいんだろうか。


こんなに大事そうにしているのに。


「きっとこれから役に立つと思うの。だから、私からのお願い」


“お願い”と言われて、流石に断れずに受け取った。


「分かった、ありがとう。さっそく今日から使わせてもらうわ」


「ふふっ、そうしてちょうだい」


満足げに笑ってくれて、私の心も満たされた。


ああ、やっぱり好きだなって。


このまま時が止まったらいいのに、そんなことを考えていた。


***


ふと時計を見ると、日付が変わるまで残り10分ほど。


ここまで話し込んだのは初めてで、正直驚いている。


こんなにも誰かと楽しめる日がくるなんて。


「あーそろそろ日付変わっちゃうね。よし!じゃあ、最後にこれだけ伝えるね」


“最後”という言葉が耳に残って、離れない。


秒針がカチカチと動くたびに、とても怖くなる。


もう、“最後”なんだと。


「私はね、華恋と同じで転生ができる女神なんだ。華恋もでしょ?」


「…ええ、そうよ。私は今回が2回目の人生」


クスッとルピナスが笑う。


「でも、華恋はどの体でも18歳で終わっちゃう。そして、華恋が転生できるのは18回まで」


「ルピナスは何が言いたいの?」


最後に伝えたいことというのを、早く聞きたい。


もう時間がないのだから。


「また華恋と会える可能性は、とても低い。でもね、私は“さよなら”って言葉が嫌いなの。だから…私はその言葉を言わない」


ルピナスのきれいな紫の瞳が、月明かりを反射する。


これまで見てきたものの、どんなものより美しいと思った。


「そうね、きっとまた会えるわ。ルピナスがそう言うなら、私もそう信じる」


「ありがとう華恋。じゃあね、今までありがとう」


はかなげに笑うルピナスが…華お姉ちゃんがきれいだった。


もう、彼女に触れることはできないけれど。


いつの間にか、彼女の胸から血があふれている。


窓が割れ、銃弾が彼女の心臓に命中した。


「 _________________ 」


最後に彼女に言われた言葉を、私は永遠に忘れない。


「うん、また…また会おうね。華お姉ちゃん」


私は優しく穏やかな笑みを浮かべて、彼女を送り出すような涙を流した。


これは、満月のきれいな日の美しいお話。


***


プツリと音がして、目の前が突然真っ暗になった。


重くなったまぶたを、一生懸命開ける。


次に目を開けた時には、目の前にサクがいた。


戻ってきたんだ。


そして、ふと瑠璃華と羅華が気になって見る。


やはり息も浅いし、ずいぶんと衰弱(すいじゃく)している。


『 _________________ 』


その時、脳内でルピナスの言葉が再生される。


(そうよ、私が2人を守らなくっちゃ!!)


「そんな理由で…!!」


「そんな理由?裏社会では当たり前のことさ」


当たり前…ね。


そんな“普通”は願い下げよ!


「瑠璃華と羅華を離してちょうだい。そして私の方へ」


「なに?僕に逆らうの?」


今まで、ナイトメアに反抗したことなんてなかった。


それが“正解”だと思いたかっただけなんだ。


その方が楽だったから。


でも私とは違い、ルピナスは自分らしく生きようと抗った。


雨晴のマフィアなのに、誰1人として人間を殺さなかった。


“人間を守る”。


彼女はそのルールを、約束を守った。


なら私も守ろう。


華お姉ちゃんとの最後の約束を。


「ええ、そうよ!たとえ敵わなくても…私は戦うわ!!」


「…僕に(かな)うとでも?」


「そんなことどうだっていいわ」


サクと私は、お互いをにらめつけ合う。


殺気が私たちをまとう。


レンには耐え難いものらしく、少し青ざめている。


その時、サクは呆れながら銃を取り出した。


それを見て、私も戦闘体制に入る。


かかってこいと煽るように。


でも、サクはその銃口を私には向けなかった。


その銃口は…瑠璃華と羅華に向けられた。


「君の回避力はすごいからね。はずれちゃうだろ?それに、目的は君を殺す事じゃない」


「くっ…!!」


バンッ!


銃声が鳴り響いた。


真っ赤な血が床に流れる、華恋の腹部から。


(まに…あった)


とっさに瑠璃華と羅華をかばった。


「どうして君はそこまでするの?下手したら急所に当たって…死んでたよ」


急所をギリギリ避けた場所に撃たれたので、私は無事だ。


「はっ…!そんなの、華お姉ちゃんと約束を果たすためよ!」


「…」


途端にサクの顔が、険しい表情へと変わった。


「なぜ…華恋が華のことを知っているんだい?」


サクは華お姉ちゃんが亡くなった当時、4歳だった。


そして、華お姉ちゃんを“処分”したのもサク。



当然、サクは華お姉ちゃんの存在を知っている。


「さあね!」


一瞬サクの動きが止まったのを隙ができたと思い、瑠璃華と羅華を背負って部屋を出た。


もちろん、人間2人を背負うのは私にとっては苦痛だった。


でも、逃げなければ。


ここで戦うのはダメ。


さっきみたいに、瑠璃華と羅華を先に殺そうとする可能性もある。


ここは少しでも安全な道を取るべきだ。


後ろをチラッと見るけれど、誰も追ってこない。


かといって、今安心するわけにはいかない。


少しでも早く足を動かそうと、必死になって逃げた。


階段に足をかけた時、サクがあの部屋から出てきた。


(急げ…!早く!!)


1階分階段を上がった時、私はこけてしまった。


まずい!!と思って、振り向いた。


予想は的中していて、サクがこちらに銃口を向けていた。


私を撃って確実に動きを止めるつもりだ。


だとしたら、狙われるのは足。


私も短剣を取り出し、準備した。


バンッ!


銃弾が飛んできて、それがスローモーションのように近づいてくる。


その時、私の後ろからも銃弾が飛んだ。


その銃弾は、サクが撃った銃弾に命中する。


「だ、誰?!」


とっさに振り返るとそこには、スーツを着たツキが立っていた。


「また無茶してるし」


「どうして…」


ツキはスカイ学園の寮にいるはずなのに。


どうしてここにいるのだろう。


ああでも、きてくれて嬉しいと思ってしまった私はバカだ。
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