離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 映画館の駐車場を出ておおよそ十分。歩けばそれなりの距離も、車で移動すればあっという間。二人はマンションへと帰って来た。

 最後に微妙な空気が流れたせいか、車内での会話は少しもなく、今も無言でエレベーターへ向かって歩いている。

 並んで歩く二人の間の距離はほんのわずか。少し手を伸ばせば触れられる距離にいながら、わざと触れないようにしているこの状況がなんだかもどかしい。

 今さら千博と手を繋ぎたいと思うのはおかしなことだと思いつつも、今日感じたあの温もりがとても恋しい。

 そんな思いにとらわれていれば、エレベーターに乗り込んだ拍子にわずかに二人の指先が触れ合う。

「っ」

 びくりとして咄嗟に手をグーの形に握り込む。その手を別の温もりが包み込んできた。

 ゆっくりと開かれていく美鈴の手。抵抗せずに受け入れれば、優しくきゅっと握り込まれた。

 ただ手を触れ合わせているそれだけのことで、美鈴の心臓はいつもよりも速い鼓動を打つ。トクトクと苦しくも心地いいリズムに、そのまま浸っていたくなる。

 けれど、名残惜しむ間もなく、二人の部屋の前へと着いてしまった。

 ああ、ここに入ればもう終わりなのだな。そう思うとその手を離せない。最初は千博から握ってきたはずなのに、今は美鈴が握りしめている。

 片手で器用に鍵を開ける千博をぼーっと見ていたら、千博に心配そうに覗き込まれた。

「……美鈴?」

 気づけばすでにドアは開いていて、千博が美鈴を中に促している。

「……えっ、あ、ごめん」

 はっと我に返った拍子に繋いでいた手が離れた。物寂しい右手を見つめる。

 千博の左手はもうピタリと彼の体に沿っていて、手を繋いでいた名残さえ残っていなかった。

「中に入ろう」

 その言葉を合図に二人は家の中へと入った。
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