離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
「理想を演じる愛のない夫婦関係。私なら大歓迎です。いくらでも理想の妻を演じます。家のことは任せていただいて大丈夫ですし、海外出向があればついていきます。もちろん別居がいいならそれでも。仕事で帰りが遅くなっても構いませんし、無理に私との時間を作っていただく必要もありません。それなりの自由な時間とお金さえあれば。きっと今の奥様よりも相馬さんの理想に理解があると思いますよ?」

 ああ、この女はすべてわかっているのだなと理解する。千博が愛を持たないことも、己を作り出していることも、普通の愛ある家庭を求めていることも、すべてわかった上でその提案をしている。

 確かに宮下のような人間ならば、理想を作り上げることは容易だろう。夫を愛し敬い、また愛されて幸せな妻を完璧に演じるに違いない。

 それは確かに千博が思い描いていた理想の家庭なのかもしれない。

 けれど、その提案を聞いた瞬間に、千博の理想は跡形もなく崩れ去ってしまった。

 なぜならば、その理想の形は千博がこの世で一番嫌っている両親の姿そのものなのだから。

 千博はもはや堪えられずに眉間に皺を寄せながら答える。

「……僕はそういうものは求めていないよ」

 それは嘘でもあり、本当でもある言葉。美鈴との暮らしに理想を求めていたことは疑いようのない事実だが、宮下にそれを求めたいとは思わない。偽りの理想では意味がないのだ。

「あくまで白を切るんですね。まあ、いいです。今日はただの様子見なので。本当は二人が完全に切れてから来るつもりだったんです。でも、なかなかそれを外さないから、痺れを切らしてきちゃいました」

 宮下は千博の左手を指さしながら言う。おそらく結婚指輪のことを言っているのだろう。

 彼女の言う通り、間もなくこの指輪を外す日が来る。それを想像すると千博の胸はなぜだかちくりと痛んだ。

「私の提案、よく考えてみてください。早く離婚して、私と再婚すれば、きっと望む幸せを手に入れられますよ。私たち二人とも」

 宮下はそれだけ言うと一人で屋上を出ていった。
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