離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 残された千博は自分にも聞こえるか聞こえないかくらいのとても小さな声でつぶやく。

「美鈴でないとだめなんだな……」

 まさかこんなところで思い知らされようとは思いもしなかった。宮下の提案は千博の理想であって、理想ではなかった。最初から千博の求める理想は、理想とは程遠いものだったのだ。

 今の自分の姿が両親の姿と重なり、己に嫌悪感を抱く。

 外面だけはいい両親は世間で理想の夫婦ともてはやされているが、実際は己の利益しか考えていない冷めきった夫婦だ。千博にも愛情など注いではくれなかった。

 ホテル経営者の父とファッションデザイナーの母。仕事が第一の彼らは自分のステータスを上げるためだけに結婚し、千博をもうけた。夫として、妻として、親としてのステータスを手に入れ、誰もが羨む自分を作り上げたのだ。

 素晴らしい両親のもとに生まれたと千博は皆から羨まれたが、実際の家庭環境は最悪だった。千博は両親にとってただの道具でしかなく、彼らの望んだ行動をしなければ、食事にすらまともにありつけないありさまだった。千博が生きるためには、彼らの求める千博でいなければならなかった。愛など求めようものなら、ひどく冷めた目で見られ、遠ざけられた。

 気づけば千博の中から愛などというものは消え失せ、それを求めることもなくなった。両親の前ではただただいい子を演じ、それ以外では何の感情も表に出さなくなった。いや、そもそも何かの感情を抱くことができなかった。喜びも悲しみも怒りも何もなかった。
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