離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~
 微かな振動を感じ、意識が覚醒する。それと同時に千博がいなくなるという不安に襲われ、思わずその名を呼ぶ。

「千博さんっ」
「ん?」

 すぐ間近から聞きなじみのある優しい声が聞こえた。その方向へ顔を向ければ、そこには美鈴を心配そうに見つめる千博の姿が。周囲にはぞろぞろと出口へ向かって歩く人たちの姿がある。

 スクリーンには何も投影されておらず、照明が明るく室内を照らしている。その状況からすでに映画が終わっているのだと理解した。どうやら考え込むうちに眠ってしまっていたらしい。

「え? あっ、私、寝て……? ごめんなさい……」

 やってしまったと頭を抱える美鈴に、千博はくすりと笑いをこぼしている。

「美鈴が居眠りするなんて珍しい。やっぱり調子よくなかったね」
「……ごめんなさい」

 自分で行くと言っておきながらのこの体たらくに謝罪の言葉しか出てこない。

「そんなに謝らなくて大丈夫。どこかで少し休もうか。移動はできる?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

 美鈴を気遣って、寄り添うようにゆっくりと歩いてくれる千博に、美鈴はまた少しの胸の痛みを覚えながらも、今は素直に甘えて彼に寄り添った。
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