はるけき きみに  ー 彼方より -
 興味深げに眺めていると、
「こうやって店の裏側に構えて置けば荷物の出し入れに便利です、それに雨にも濡れませんので」
 店主が腰を低くしていった。

 そしてそれは隣の菱屋と共有するかのような舟付き場になっていた。
 今は小間物屋の舟はなく、菱屋の舟が係留されている。

 舟は屋形舟のような造りで、壁の代りに垂れ幕を下ろしていた。
 舳先で舟頭がのんびり櫓の手入れをしている。

「舟頭さん、今日は波もなくていい日和ですね」
 紫音がにこやかに話しかけてみる。

 白髪の舟頭が振り返った。
 そして何を言っているんだとばかりそっぽを向いた。

 そのとたん、舟が小さく揺れた。

 喫水線にさざ波が打ち寄せる。
 と、その舟べりのわずかな隙間に着物の端が差し出された。
 女ものの着物で、それはまるで牛車(ぎっしゃ)から覗かせる出衣(いだしぎぬ)のようなあんばいだ。

 さりげなくそれを見て紫音は脇を向く。
 先に立つ小間物屋のあとに続いてその場を去った。
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